自然災害の歴史から防災を学ぶ、「災害遺構プロジェクト」。
あなたの地域で、過去にどんな災害が起きたのか?
全国の災害遺構をめぐり、先人たちが遺したメッセージや災害の爪痕から、
地理歴史科の教員免許をもつ、フジテレビの上垣皓太朗アナウンサーが災害の歴史を解説。
また、防災士の視点から、防災に役立つ知識を紹介します。
みなさん、こんにちは。上垣皓太朗です。
フジテレビでは毎年3月に、東日本大震災の特別番組を放送しています。
今年も、2024年入社の同期・高崎春アナウンサーが取材に参加しました。
同期・高崎春アナウンサーが岩手県宮古市を取材
取材したのは、岩手・宮古市。
震災の記憶を未来へ「遺す」ための取り組みが進み、街の至るところに、当時を伝える石碑や震災遺構が残されています。
場所 岩手県宮古市田老
災害名 東日本大震災 (2011年3月11日)
高崎アナ:
みなさん、こんにちは。高崎春です。
今回私が向かったのは、巨大な防潮堤で知られる宮古市田老地区です。
最初に驚いたのが、津波の高さでした。
私が立っている位置よりも、はるか上に東日本大震災の津波到達点がありました。
この一帯が、全部ここまで水に覆われてしまったのか…そう思うと、言葉が出ませんでした。
さらにプレートには東日本大震災だけではなく、
昭和三陸地震津波の痕跡(10m)
明治三陸地震津波の痕跡(15m)
東日本大震災の痕跡(17.3m)
と、3回の巨大津波の痕跡が記されていました。
1896年から115年の間に、
10メートル以上の津波が3度、襲っていたのです。
町そのものが「教科書」。
「忘れさせない」という強い思いが、形で残されていることを感じました。
高崎アナ:
宮古市には、もうひとつの“記憶の扉”もあります。
新海誠監督のアニメーション映画『すずめの戸締まり』に登場する「扉」のモデルとなった場所です。
映画ファンが訪れることで、
「震災遺構を知らずに来た人」も自然と地域の歴史に触れていきます。
遺構が入口の人もいれば、アニメが入口の人もいる。
いろんな“きっかけ”があるからこそ、知る人が増えていく。
震災を知らない世代にどう記憶を伝えるか――。
宮古市は、そのヒントを文化や観光の中にも取り入れていました。
流されていく人を見ることしか・・・痛切な思い
高崎アナ:
この宮古市津軽石地区では、実際に被災された方々からもお話を伺いました。
津波で自宅が流れていく様子を水門から見ていた消防団の男性は、終始困ったような笑顔でしたが、流されていく人を見ることしかできなかった当時の経験を語る時、目に涙が浮かんでいました。
時間が経っても、記憶を引っ張り出すと不甲斐なさという感情が溢れてしまう。
笑いで誤魔化しながら辛い経験を語るその姿に、お話を伺う私自身も胸が苦しくなりました。
一方で、震災当時は1歳〜4歳で記憶がほぼないという高校生たちにも出会いました。
彼らは「小学校からの9年間、防災教育を受けてきた自信がある」「次に津波や地震が来ても自分は必ず逃げられると思う」と力強く語ってくれました。
災害に関する勉強を「やらされている」のではなく「当たり前」だと思って取り組み、「どこにいても被災する可能性があるなら、逃げる対策をして地元に住みたい」と将来を見据える姿がとても頼もしかったです。
対照的に親御さんは、「小さい子どもを守ることで必死で、自分の命の心配をする余裕もなかった」と振り返り、上の子が津波の心配がない埼玉へ引っ越すことを聞いた時は正直安心したと、親としての切実な本音を教えてくれました 。
去年、今年と、被災地を取材してきました。
私は震災当時小学3年生で記憶がほとんどない世代ですが、行くたびに新しい気づきがあり、まずは現場に立ってみることが一番の学びになると改めて実感しました。
