――劇中に「浅草の人間は元気になりたいとき、“心の実家”花やしきに行く」という松子のセリフがあります。ご自身にとって元気になれるところはどこですか?

舞台ですね。ありがたいことに、テレビも舞台のお仕事もたくさんあって、それにこのドラマの撮影もあって忙しい毎日なんです。

だから、ヘロヘロになって舞台に上がっていたんですけど、お客さんからワーッと歓声が上がって拍手をいただくと、なぜかシャキッとするんです。

――そんなに忙しいなか、ドラマのオファーを受けた理由は?

人情芝居というテーマ、そこだけは崩さないというお約束でしたから。どの時代でも人情ってのは絶対にあるべきですからね。本作は、若者とおばあちゃんが共に生きていくという、人と人とのつながりがテーマだったのでお受けしました。

このドラマのために、東京・江戸川区の葛西に行ってきました。そこには、インドの方たちがたくさん住んでいる地域があって、昭和の長屋みたいなんですよ。

人様の庭先で5、6人の子どもたちが遊んでいて、2人のおばあちゃんが赤ちゃんを抱っこしながら、子どもたちを見ているんです。「お孫さんですか?」と聞いたら、「いえ、隣の家の子です」って。いや、人情だと思いましたね。

困ったときには助け合う。なんでインドの方ができるのに、日本人はできないんだろうって。こういうドラマをテレビでやりたいとずっと思っていました。

梅沢富美男が同世代にエール「1人じゃないと感じてもらえたら」

――本作を通して、梅沢さんと同世代の方たちにどんなエールを送りたいですか?

僕らの世代は、先輩から厳しいことでも言われたり、やられたりしたことは“ありがたい”と感じていました。そういう時代を生きてきたから、今の若者にもストレートに言ってしまうし、やってしまう。

それが普通だと思うから、次の世代にも同じことをするんです。でも、時代が違うから到底、受け入れられない。それに気づかないでジジ、ババになったのが僕らの世代。

なぜなら、僕らが10代の頃は、還暦というと、「60歳になると、こんなにおじいちゃん、おばあちゃんになるんだ」と感じましたけど、自分が60歳になったときにはまだ現役で、体も若いし健康でしたから、考え方も年寄りではないわけです。

自分が75歳になって初めて、「ジジイになったな」って気づくんです。ジジイの初心者だっていうことがわかっていないから、時代に取り残されて、自分から孤独になってしまっているのだと思います。

僕の場合は、劇団をやっていますから若い子たちと接する時間も多いので、いろいろ教えてもらうこともあれば、気がつくこともあります。

我々はジジ、ババの初心者。それを忘れずに、これまでたくさんしてきた人生経験を生かしながら、若者たちとのギャップや距離感を勉強してもらえるとうれしいし、1人じゃないと感じてもらえたらいいなと思います。

――最後にドラマを楽しみにしている皆さんへ、メッセージをお願いします。

「困った人がいるなら助けてやれよ。いつかあんたも助けてもらえるよ」という義理人情が詰まったお話。かつての日本ではよくあった人情芝居を久しぶりにお届けします。

泣いたり笑ったり、たまには怒ったり…。そういう姿を見て、こんなことがあったらいいな、人と接するってこんなにいいことなんだと感じていただけたらとてもうれしいです。

撮影:河井彩美
取材・文:出口恭子