2024年4月21日に92歳でこの世を去った、ピアニスト フジコ・ヘミングさん。一周忌となったきのう21日、都内で「しのぶ会」が営まれました。

会場には、友人だった黒柳徹子さんからの献花も飾られており、多くの人が訪れていました。

訪問客:
どこまでも優しく、温かく、相手の心を包み込む音色を出す方。

訪問客:
ご自身が体験したことを、そのまま音を通して皆さんにその思いを届けられるので、一瞬一瞬、その瞬間にフジコさんが思っていることが、音としてくるんです。
多くの人を魅了した“生きざま”と“愛”
単身・ヨーロッパに渡り、貧困の中、両耳の聴力を失うなど過酷な人生を歩んだフジコさん。それでもピアノを弾き続け、60代にしてその才能が世界で高い評価を受けました。

「魂のピアニスト」と称された生き方に魅了され、亡くなるまでの12年にわたって密着を続けた、映画監督の小松莊一良氏は、その人柄をこう話します。

12年間フジコさんに密着 小松莊一良監督:
何が人生の中で大事ですか?っていうことを問うた時に、「愛だよ」って。
この周りの数人ではなくて、もう社会というか、世界の人たちが幸せていてほしいなっていうことを、本当に願っていた。

フジコさんの“愛”。それは、ニューヨークで撮影をしながら、一緒に歩いていたときにも垣間見ることができたといいます。

小松莊一良監督:
(道を)右に曲がった瞬間にフジコさんがしゃがんだんですよ。あれっ?と思って、カメラをパッと振ったら、大きな鉢植えの中から花が落ちていたんです。こぼれ落ちていて路上に。それを拾って、「かわいそうに」って戻したんですよね。ニューヨークの街でたくさんのビルだったり、いろんな人たちが歩いていたりとかする中で、落ちている花っていうのが。僕たちと違うものを見ているんだろうな。美しいなと…。
フジコさんの“音”に魅了され、人生が一変したという人もいます。
佐賀県でノリ漁をしている徳永義昭さん(64)。

徳永義昭さん:
12年前になるかな。自分が52歳のときに、フジコ・ヘミングさんがテレビで「ラ・カンパネラ」を弾かれたんですよね。それを聞いて、もう感動して。自分も「ラ・カンパネラ」を弾いてみたいなと思って、ピアノを始めました。
(練習を)左手を2時間、右手を2時間、そして両手で4時間。

楽譜も読めない状態から、難曲「ラ・カンパネラ」を独学で習得。
練習を始めてから約7年後には、テレビ番組の企画でフジコさんの前で直接演奏する機会にも恵まれました。
さらに、フジコさんが亡くなった後、徳永さんに不思議なことが起きたといいます。

徳永義昭さん:
必ず間違える箇所が、間違えずに弾けたんですよ。
(きっとフジコさんが)「徳永さん下手だもんね」と思ってるんですよ、その俺の弾く演奏の時に、天国から降りてこられて、俺と一緒に弾かれていたんじゃないかな。

いつもなら、1回から2回は弾き直す「ラ・カンパネラ」の難しい部分が、突然うまく演奏できるようになったのです。

徳永義昭さん:
いま色んな所から、演奏依頼がきて。本当、俺の人生がただの漁師から、180度…人生が変わった。
フジコさんの演奏は、今も、聞く人の心を揺さぶり、その人生にも大きな影響を与え続けています。
(『サン!シャイン』 2025年4月22日放送より)