日本のフィギュアスケート界をけん引した“レジェンド”高橋大輔さん。
28歳で一度引退するも、32歳で現役復帰。
アイスダンスに転向し、村元哉中さんとの “かなだい”ペアで好成績を残すも2023年5月、再び引退しました。
ノンストップ!では高橋さんにインタビュー。
最近はまっているネイルアートや美容についての話や、2度目の引退時の秘話、
また 新たな挑戦への思いについて番組で紹介しました。
そして「めざましmedia」では、放送ではお伝えしきれなかったインタビューの【未公開部分】をお届け。
1度目の引退から復帰、再びの引退まで、高橋さんのスケートに対する心境の変化を、じっくりご紹介します。
「スケートから気持ちが離れた」1度目の引退時の心境
2014年2月、ソチオリンピックに出場し6位に入賞するも、10月に引退を発表した高橋さん。
当時は「もうこれ以上できない」「スケートもやりたくない」という気持ちだったといいます。
高橋大輔:
バンクーバーオリンピックが終わってから、「ソチオリンピックまでやります」と宣言してそこに向かっていきましたが、ソチオリンピックまでの最後の2シーズンあたりから、僕自身もどんどん成績が出づらくなったり、自分に自信をなくしたり、結構精神的にきつい時期が続いて。
ソチオリンピックに出場することはできたんですが、その後の世界選手権はケガの状態や精神的にも結構厳しく、結局出場することができませんでした。
「このままフェードアウトで終わりたくないな」という気持ちはありましたが、そこからアイスショーとかたくさんあっても、やればやるほど、どんどん気持ちが離れていって…。
「このままじゃちょっとやっぱり無理だな」というのがあったので、次の目標があるわけではなく、「もうこれ以上できない」というところで「引退をしよう」という気持ちの引退でした。
だから、その先のスタートは全く見えていない状態で、ただただもうこのまま「スケートもやりたくない」というくらいの感覚での1回目の引退でしたね。
復帰後、スケートに対する気持ちに変化が…
ーー引退から4年、2018年に復帰した際には、引退したときの気持ちからどういう変化がありましたか?
高橋大輔:
1回スケートから離れて、ニューヨークに行ったりとかして、「このままでいいのかな」みたいな気持ちもありました。
その時もまだ何がやりたいか分からなかったですし、とりあえずオファーをいただいたり、今ある仕事をやってみて、自分が何をやりたいのかを探していければいいやと思って、色んなことに挑戦しました。
テレビのキャスターだったり、いろんなことをやっていくうちに僕自身、「表に出て体を動かして表現することがすごく好きだった」と実感しました。
テレビのキャスターとか、テレビの前で喋ったりすることは、苦手というかあまり得意じゃなかった。
その両方を経験して、全日本選手権を見ているときに「これだ」と思いました。
僕はいろんなことをやっていくうちに、少しスケートを疎かにしていた。
でもスケートではないお仕事をしているときに、やっぱり自分に自信を持たせてくれるのはやっぱスケートだなと思って。
現役のときは試合に出るなら勝たなきゃダメだという思いがあったんですけど、でもそれぞれの目標で、スケートというものを追求してもいいんじゃないか?と感じて。
僕は色んなことをやるのは得意じゃないので、集中して自分のスケートを取り戻すには現役復帰しかないと思って、そこで現役復帰しようと決めました。
ーースケートファンから「現役復帰してから以前と比べてすごく楽しそうにしているのが印象的」という言葉が聞かれますが、気持ち的な変化はありましたか?
高橋大輔:
僕の中で1度目の引退から復帰するまでにあたって、自分自身の“軸”みたいなものがなかったんですけど、
復帰を決めるにあたってスケートを軸に「いろんな世界を広げていきたい」っていう思いでスタートしたので、
すごくシンプルな考えになって、そこが崩れることはもうなくなりました。
高橋大輔:
よく分からなくなることってあるじゃないですか。
だけど離れて改めて戻ってきて、自分の中の1本の軸が決まって、いろんなヤモヤの視界が晴れて、そこに集中してやっていったら、どんどん良い環境になっていった。
自分自身が気持ち的にすごく豊かになってきたという感覚があって、毎日が楽しく、前向きになっていったところが多分、そういうふうに見えたのかなと思いますね。