1980年代の土俵を沸かせた元大関・若嶋津の日高六男さんが、肺炎のため3月15日に亡くなりました。69歳でした。

精悍な顔つきや細身で色黒の体から「南海の黒ヒョウ」の愛称で親しまれ、日本中から愛された昭和の名力士です。

元若嶋津・日高六男さんは鹿児島県・種子島出身で、1975年、18歳で二子山部屋に入門。

5年後の春場所で新十両に昇進し、しこ名を「若島津」に改名します。
 

細身ながらもバネのような体から繰り出される豪快な投げを得意とし、25歳で大関昇進。
精悍なマスクと華のある取組で、当時“角界のプリンス”として多くの女性ファンを魅了しました。

そして1984年の春場所。第55大横綱・北の湖を1分以上にわたる壮絶な取組で破り、初優勝を果たします。

この翌年1985年には当時、アイドルとして人気絶頂だった高田みづえさんと結婚。
日本中で祝福され、2人の子宝にも恵まれました。

その後は横綱を目指しましたが、けがに悩まされ1987年には現役を引退。

部屋をたてた3年後には、二所ノ関を襲名し日本相撲協会理事に就任するなど角界の繁栄に尽力しました。
しかし2017年、路上で転倒して頭部を打ち、一時意識不明に。
頭部の手術を受け、リハビリ生活を送る中で妻のみづえさんや子供たちが献身的に看病したといいます。

「女将さんの愛情いっぱい」30年親交ある人ら語る人柄

日本中に愛された若嶋津。
『サン!シャイン』は16日、そんな元大関・若嶋津とゆかりのある2人の人物を取材しました。
30年以上親方と親交がある居酒屋のマスター・金川鐘保さん(78)です。

元大関・若嶋津が通っていた居酒屋・金川鐘保さん(78):
女将さんが随分サポートして、女将さんの愛情いっぱいでしたね。

もうともかく豪傑と言ったら豪快というか。

みづえちゃんと付き合うのに、「この一番勝ったら俺はデートするんだ」って自分で決めて。で、勝ったからって電話してデート誘ったとかね。そんな話をしてましたね。

金川鐘保さん:
もういつも親方と僕は会うと手を握り合って、抱きしめたりとかそんな感じで。
親方は言うんですよ…「友達」。だがら僕も友達っていう形で。偉そうに全然しないんですよ、この人。そこがすごいなと思うんですよね。

ずいぶんお世話になったもんな。無理もいっぱい聞いてくれたし……。
思い出すとね、また泣けてきた。いい人に出会えて僕も幸せだなと思ってるんですけど…やっぱり、亡くなるとね…。

もう1人は、松ケ根親方時代に初の幕内力士となった元十両の若孜。

元松ヶ根部屋・元十両・若孜:
これが新入幕決めた時ですね。そのとき撮らせてもらった物で、すごい、僕の中では大切な写真ですね。
口下手だけど愛のある方、愛はあるんですよね。

後から聞くんですよ、この間若乃花さんとメシ行ったときに(若孜が)十両に上がったときに親方泣いてたよって(聞いた)。そういうの後から聞くんですよ。そのときは分からなかったんですけど…、やっぱり愛のある人だったんですよね。

弟子と家族のように過ごし、愛情を注ぎ続けていたといいます。

横野氏語る親方とのお別れ…“宝物”も

――横野さんはお別れに行かれたそうですね。
相撲ジャーナリスト・横野レイコ氏:
私…大ファンだったんですよ。
若嶋津さんのファンになって、相撲の魅力にどんどん取りつかれて、上京してリポーターの仕事をやって…今の私があるのは、本当に若嶋津さんがいなければないと思うぐらい。
女将さんに「最期の挨拶に行きたいです」って会いに行ったんですけど、お部屋の正面の化粧まわしが飾られているところで静かに眠っていらしゃって、本当に「親方」「若嶋津」って呼びかけたら起き上がってくるんじゃないかと思う感じで…。
15日の朝まで記憶があって、最期は家族皆に見守られて、「ありがとう」「大丈夫だよ」って言って亡くなったと聞きました。

佐々木恭子アナウンサー:
女性ファンが多かったイメージですが。

横野レイコ氏:
多かったです。土俵に上がると「キャ~~~!」という黄色い声が上がったという感じ。

谷原章介キャスター:
一番活躍された頃は、僕が小学校高学年から中学ぐらいだと思うんですけれども、いわゆる“お相撲さん”ていうイメージではないお相撲さんっていう感じでした。スラーッとしてて、ハンサムで。

――親方としての若嶋津さんはどんな印象?
横野レイコ氏:

二所ノ関一門の二所ノ関親方になったときに連合稽古がありまして、(それで、)「二所ノ関部屋で連合稽古がある」というと、記者は「ちゃんこがある」と内心思うわけです。
何でかというと、取材に来た人たちに「終わったらちゃんこ食べてって」って親方がおっしゃるんですよ。それは、相撲の魅力を伝えてくれる記者さんを大事にしなきゃという親方の思いからなんです。そういう部屋は他にもありますが、でも親方のすごいところは、見に来ている熱烈な相撲ファンの子が外にいると、「まだいるの、あの子たち?」って言って若い衆を呼んで「食べさせてあげて」って。後援会でも何でもないファンの人も大事にするんです。「こういう子たちを大事にしなきゃダメなんだ。でないと発展していかない」っておっしゃる方でした。

横野氏の“宝物”だというある焼酎も披露されました。

横野レイコ氏:
(親方を囲んだ取材時の話ですが)女将さんが大好きで、親方が二所ノ関親方になった時に鹿児島の焼酎を作られたんです。話題に出したら、そこに少ししか在庫がなかったんですけど、「あるだけ持ってきて!」って皆に配ってくださった。全員分はなかったんですけど、私は死守して…(手に入れた)宝物です。

優しく、強く、昭和の土俵を彩った元大関・若嶋津。
繰り広げられた名勝負の数々や、その後の人生は私たちの記憶の中で生き続けていきます。

(『サン!シャイン』2026年3月17日放送より)