「ひふみん」の愛称でバラエティー番組などにも出演し、多くのファンに親しまれてきた名棋士・加藤一二三九段が、1月22日、肺炎のため亡くなりました。86歳でした。

加藤一二三 さん(2017年引退会見より):
50年100年 色あせない名局を指せたということが、私にとっては大きな誇り、喜びである。

加藤さんは、史上最高齢77歳で勝利するなど数々の記録を打ち立ててきた「将棋界のレジェンド」。
1954年、当時、歴代最年少の14歳7カ月で四段となり、プロ入りします。

史上初の中学生棋士として注目されるとその後、名人や王位などのタイトルを通算8期獲得しました。

近年、加藤さんは、独特の語り口とキャラクターで一躍有名になります。

加藤一二三 さん(2012年バラエティー番組より):
今これ持っているのは、私と羽生5段の対戦。将棋界の覇者。私が自己紹介でいいますと、公式戦、私は1308勝、歴代2位ですけれども、羽生サンはもうすでに1200勝。私の大記録を羽生サンは抜くでしょう。

羽生九段らと名勝負を繰り広げた全盛期。

さらに、2016年には、62歳年下、当時14歳の藤井聡太六冠のプロデビュー戦の対局相手となると…、

加藤一二三 さん(藤井聡太四段(当時)について):
大変すばらしい才能の持ち主だと初めて戦って思った。

と、対局後に、その実力をべた褒め。

この年、園遊会に出席した際には…、

天皇陛下「お会いできてうれしく思います」

加藤さん「ありがとうございます。将棋界は最近、藤井聡太さんという若手が現れまして、非常にいいことだと思います」

天皇陛下「藤井さんはすばらしいですね」

と、天皇陛下にもその才能を伝えていました。

加藤一二三 さん:
藤井さんの話を出したのは、たぶん陛下から、「藤井さんはところで、どんな方ですか?」って聞かれるかもしれないと思ったわけ。僕は先手を取ったわけ。

そんな、加藤さんが愛してやまなかったのは「うなぎ」です。

加藤一二三 さん:
うな重は、うな重がいい。昼はうなぎ2つで注文します。

加藤さんが愛したのは、東京・千駄ヶ谷にある将棋会館の近くにあったうなぎの専門店「ふじもと」。

『サン!シャイン』が千葉市・稲毛区にある移転先を訪れると、加藤さんのサインとメッセージが書かれた将棋盤が置かれていました。

うなぎ ふじもと 藤原店主:
(訃報に)まず、びっくりしましたね。もう、何とも言えなかったですね。
加藤先生も本当にも若い頃から、(出前)取っていただいていると思うので、1000食ですか、そのぐらいの数はいってるんではないですかね。

店との付き合いは40年以上。加藤さんから1000回は出前の注文を受けているといいます。

うなぎ ふじもと 藤原店主:
その昼も夜もっていうのは他の棋士の方はほぼないと思うので、加藤先生だけだと思うんですよ。昼(は)竹で夜(は)松とか

1日に2食食べるほど大好きだった「ふじもと」のうなぎ。
閉店の危機を加藤さんが救ったといいます。

うなぎ ふじもと 藤原店主:
うちうなぎ業界って結構もう本当にしんどい時があって、(店を)もう辞めなきゃいけないんじゃないかっていう状況の時があったんですよ。
加藤先生がね、テレビ関係の取材とかで使っていただいたことによって、結構うちは持ち直したって感じなので。

うなぎ ふじもと 藤原店主:
これが千駄ヶ谷でやってた時の竹のお重ですね。加藤先生がよく頼まれていた重箱なので、これは取ってあります。これはもうずっと、とっておきますね。そうですね、大事にとっていこうかと思います。

加藤九段の訃報に接し、将棋界からコメントが寄せられました。

羽生善治九段:
五十代からの棋士の道のお話をもう伺えないことが残念です。
優しく温かいお人柄、将棋への愛に溢れた偉大な大先輩でした。

藤井聡太六冠:
長きにわたり将棋界を代表する棋士としてご活躍されたことに深く敬意を表するとともに
信念を貫く姿勢を直に学ばせていただいたことに改めて感謝申し上げます。

ユニークなエピソードとともに、棋士として多くの記録を残した加藤さん・・・

加藤一二三 さん(2020年8月放送 「ボクらの時代」より):
私の空前絶後の大記録はね、対局数は2504か、1位なんだけれども対局数は抜かれると思っているの。これは抜かれないと思っているのは、A級からBの1に5回落ちて、5回カムバックしたというのは、そんな人これから絶対出ません。

自身が「誇れる記録」だと語ったのは、何度負けてもはい上がる不屈の精神。

加藤一二三 さん(2020年8月放送 「ボクらの時代」より):
怠けていて負けたワケではないんだから、そこそこ頑張って負けたんだから、人生そういうこともあるだろう、というのが僕の人生観なの。

(『サン!シャイン』2026年1月23日放送)