フリーアナウンサーの久米宏さんが肺がんのため81歳で亡くなりました。この知らせを受けて2026年1月13日に黒柳徹子さんが自身のインスタグラムを更新し、久米さんとのツーショットとともに追悼のコメントを寄せました。

ニュース番組の顔として長年活躍  久米宏さん肺がんのため死去 

フリーアナウンサーの久米宏さんが肺がんのため2026年1月1日に肺がんのため亡くなったことが所属事務所を通じて、2026年1月13日に発表されました。

久米さんは早稲田大学卒業後、TBSテレビに入社。
出演者との軽妙なやりとりが話題となった『ぴったしカン・カン』や黒柳徹子さんと生放送の『ザ・ベストテン』で司会を務めました。

そして、テレビ朝日の『ニュースステーション』には2004年まで18年あまり出演し、名物番組の「顔」として活躍しました。

久米さんの妻はコメントを発表し、「 久米は、最後まで“らしさ”を通したと思います。大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました。まるでニュースステーションの最終回でビールを飲みほしたあの時のように。」と、『ニュースステーション』最終回のエンディングでの印象的な一幕を重ねながら、久米さんの最期の様子を明かしました。さらに、「自由な表現者として駆け抜けた日々に悔いはなかったと思います。常に新しいことに挑み、純粋な心で世の中の疑問を見つめる人でした」と、その生き方を静かに振り返っています。
 

『ザ・ベストテン』で共に司会務めた黒柳徹子が追悼「本当に悲しい」

TBSの伝説的な音楽番組『ザ・ベストテン』で共に司会を務めたタレントの黒柳徹子さんは、久米さんの訃報を受け、自身のインスタグラムを投稿。久米さんへの追悼メッセージを綴りました。

黒柳さんはその写真とともに、「久米さん!私には親友という人が、いるようで、いなかった。あなたは、その中で『ザ・ベストテン』以来本当の親友だった。」と、久米さんとの特別な関係性を明かし、さらに、「久米さん、本当に悲しいです。あなたとのナマ放送の厳しい、やり取り懐かしいです。」と、共に過ごした当時を振り返っています。

黒柳徹子 公式インスタグラムより

投稿には、1980年前後での『ザ・ベストテン』時代の若かりし日の久米さんと黒柳さんが並んで写るツーショット写真を公開。
2人がカメラに向かって穏やかにほほ笑む姿からは、長年にわたって築かれてきた親密な関係がうかがえます。

そして最後に黒柳さんは、「本当は涙もろく優しい人だった、久米さん、「さよなら」は言いたくない、いつか会える時が来たら、続きを話しましょう。 「私の涙が見えますか?」本当に友達でいてくれてありがとう。」と、深い哀悼と感謝の思いを込めて締めくくりました。