わたしは落ちないわ!!って言ってるそこのあなた!!鹿乃子(松本穂香)にはお見通しだよ!!☆

いや、だけど、だけども、左右馬の“かわいい”はもちろんのこと、鹿乃子(松本穂香)も鹿乃子で、当然、“かわいい”よね(ほんとに当然)。

普通、“かわいい”に“かわいい”がかけ合わさったら、もうそれはただただ“かわいい”だけの、それメインの、“お人形ドラマ”になっちゃうわけですよ(お人形ドラマとは?)。だけど、鹿乃子の“かわいい”は、深みのある“かわいい”だよね。この、鹿乃子の、ウソを聞き分けられるという特殊能力を、ただの単純でポジティブな特殊能力とはせず、それがあるからこその“苦悩”を丁寧に掬(すく)い取っている…ってのが、この『噓解きレトリック』の良さのひとつだと思うんだけど、だけど、そうすると、逆に、その“苦悩”が、“悲劇”になっちゃって、かわいそうな“悲劇のヒロイン”になっちゃって、特殊能力とか知らんがな!あんなにかわいい左右馬と一緒にいられるんだからトントン以上だわ!!っていう、嫉妬が入ってもおかしくないはずなんですよ(え?それって僕?)。

だけど、鹿乃子も、ちゃーんとかわいいから、かわいいと悲劇のバランスが、絶妙だから、深みのある“かわいい”になっていると思うわけ。で、その深みのある“かわいい”を構成させる要素のひとつが、鹿乃子のモノローグ(ナレーション)だと思うんです。

モノローグって、たいてい“説明”なわけですよ。だって映像によって表現することこそ、映像表現なわけじゃないですか?…って、うん、こういう、僕みたいなうるさ型のドラマ好きにとって、モノローグは、ケチをつけるのに格好な材料、なんです。

だけど、この鹿乃子のモノローグは今の心情を表す説明になってる…ってのはそうなんだけど、ちゃんとこのドラマの世界観を保つ“要素”になっている。そう、だって、あのやさしい語り口は、まさに“かわいい”だし、その中身も左右馬を思うからこその逡巡(しゅんじゅん)で、“かわいい”じゃないですか。世界観を構築する要素に、ちゃーんとなっている!!あのモノローグがなければ、恐らくあの世界観は、構築できていませからね。 

…っと、ここまで、散々散々、“かわいい”を連発しときながらなんですが、あの、ラストの、あの!!(どの?)左右馬の、あの“かっこよさ”!!!は、一体!?何なんでしょうか!?(急に興奮ッ)

いや、かっこよさは、もちろんなんだけど、色気??でしょうか?(知らんがな)

ほんの数十分前には、“ニャー!”じゃねー!(猫じゃねぇ!もっと小動物だろ!)って、ツッコんでたはずなのに、さっきまで、ハムスターレベルの小動物に見えてた、“かわいい” 左右馬だったはずなのに、急に、急激に、かっこよくなっちゃって、得も言われぬ色気まで出してきやがって(きやがって?)、こっちの理解が、追いつきませんよ!!!

さっきまでかわいい!!ってなってた小動物が、急に、かっこいい!っていうか、色気!!ドキドキする!!!ってなるんだから、こりゃあもう、こっちが病気じゃないですか(ほんとにどうかしてるよ、僕)?

この、瞬時に、“かわいい”から“かっこいい”~“色気”まで、出してしまう、鈴鹿央士さんは、もう、小動物では絶対ないし、もはや人間ですら、ないよね?!(?)

うん、で、こういった、男女バディモノの賛否両論あるある…男女の恋愛は入れないでほしい!っていう人たちは一定層いると思うんです(特に、今作は月9だし…どうせ、恋愛入るんだろ?みたいな?)。いやだけど、あの、あの“かわいい”から“かっこいい”~“色気”を見せられた挙句、手をそっと、さりげなくつかまれてさ、“おちない”人類、います??

男女性別関係なく、老若男女、あんなことを、目の前でされちゃあ、さ、“おちる”でしょうよ??おちないわけ、ないでしょう??いや、わたしは落ちないわ!!って言ってるそこのあなた!!鹿乃子にはお見通しだよ!!☆