デビューから46年…毎年のように新曲をリリース。
そして、ライブ活動も精力的に行っている“キング・オブ・アイドル”田原俊彦さん

60歳を超えた今もバリバリの“現役”。その“元気の源”を『めざまし8』のカメラに語ってくれました。

2月28日で64歳に

田原俊彦:
一応、昔“フジっ子”って呼ばれていたからね。キャニオンレコードからのね「びんびん(物語)」ですから。…ここカットですか?ハハハハ!(笑)

田原さん、いきなりエンジン全開です。

――冒頭から失礼なんですけどもおいくつになられた?
田原俊彦:
えっと、53歳になって今度…あれ63歳だった(笑)。
1961年2月28日、昭和のど真ん中ですね。あと3日で64歳になります。

10代からを振り返って

2025年2月28日に64歳の誕生日を迎える 田原さん。

キレキレの足上げからの…

決めポーズを披露してくれた田原俊彦さん

1980年、『哀愁でいと』で歌手デビューすると、ドラマ主題歌にもなった『抱きしめてTONIGHT』など、大ヒットを連発。
2024年、デビュー45周年を記念して行われたライブでは、変わらないキレのあるダンスを披露しています。

――10代からを振り返ってみてどう感じる?
田原俊彦:
振り返ってみても、本当に自分がなりたい夢見たものになりたくてこの世界に飛び込んで、10代20代30代40代50代と、色々もちろんありますよ、人生ですから。
でも一度も一回も、「田原俊彦」を放棄しようと思ったことはないですし、逆に言えばこれしかできないですからね。生きていくために。

明かしてくれたのは…生涯、“アイドル・田原俊彦”を貫き通す覚悟。

田原俊彦:
若い時はなんてことなかったことが、ベッドから起き上がる時に、ちょっと腰痛いなとか。でも、このスタジオに来るときもそうですけど、コンサートで楽屋についてリハーサルが始まるとか、そうすると、だんだん自分の中で“燃える田原俊彦”がにょきにょきって出てきて、ドカンってやっちゃうんですよね。

普段は、肉体の衰えを感じることはあるものの…いざステージとなれば、“アイドル・田原俊彦”のスイッチが入るのだといいます。
衰えることのないパワーと情熱の源には、少年時代に誓ったある思いがありました。

田原俊彦の原動力

田原俊彦:
僕は母子家庭で、小学校1年生に上がって、すぐ親父が亡くなったんですけど、子供の時に、おふくろの苦労してる後ろ姿とかそういうのを見て、「おふくろのために一旗あげるぞ」とか。
絶対、天下を取ってみんなに知ってもらえる男になりたいなって思ってましたね。気持ちというかモチベーションというか、異常に強かった。

幼い頃から、新聞配達などをしながらアイドルを目指した田原さん。
60歳を超えた今も高いモチベーションを持ち続け、1年の3分の1はダンスや歌のトレーニングに費やしているといいます。

田原俊彦:
ファンの方が自分で貴重な時間を取って高いチケットを手に入れて、(ライブで)いろんな地方へ僕は行きますけど、それでも、遠くから足を運んでくれる方もいると思うんで、やっぱりそういう方たちのためにも、情けないっていうか、かっこ悪い田原俊彦を見せるわけにいかないんで、いつも100%に近いフルパフォーマンスをできる田原俊彦を準備して日常色々やっています。

(ライブでは)原曲に近く、もちろん僕はキーはもちろん下げてないですし、その頃の、その当時の振り付けでステージをやるんで、しんどいっちゃしんどいですけど、できるとこまでね、やってみたいなっていうふうに思ってます。
一緒に歩んできたファンの方々、僕はファミリーって言ってるんです。やっぱりみんなの愛によって僕は支えられてきたし、今もステージに立てているわけだし。

“生涯現役”。 次の目標は、4年後に迎えるデビュー50周年です。

田原俊彦:
やっぱりいつまでも発展途上で、現在進行形でいたいなって。
ゴールって死ぬ時だと思うんですよ。だからって僕が死ぬまで歌って踊れるっていう約束というか、保証はできないんですけど。でも1日1日、1年1年、その積み重ねが、それこそ人生だと思っているので。
次の50周年、僕は68歳になるんですけど、その時も変わらずにハッピーボーイでいたいなと。
いつまで歌って踊れるのかなっていうのは未知の世界、まさしく挑戦だなって思いますけど、50周年を無事に迎えられるように、日々気合いと精進で暴れていきたいなと思っています。

(『めざまし8』 2025年2月25日放送より)