2024年10月、肺がんが脳や脊髄に転移し、闘病中であることを、めざまし8のインタビューで明かした演歌歌手の山川豊さん(66)。

2024年10月インタビューに答える山川さん


演歌歌手 山川豊:

(検査の)結果を聞きにいったら「ステージ4です」と。もう簡単に言うんですね、今。

お葬式の話とかね。(兄に)そんな話をしたら「ばか野郎!」って怒られてね。

失意の中、山川さんの大きな支えとなったのが、実の兄である歌手・鳥羽一郎さん(72)だといいます。


ミリオンセラーとなった代表曲「兄弟船」などで知られる、兄・鳥羽一郎さん。

1981年にデビューし、実力派歌手として紅白歌合戦にも出場した、弟・山川豊さん。

デビューから40年以上たつ2人が、初めてとなるデュエット曲「俺たちの子守唄」を発表。


めざまし8は12月初旬、新曲発売イベントで2人揃ってファンの前に登場した一日に密着しました。

「兄弟初デュオ曲」ファンへの披露一日に密着

山川さんが、がんの診断を受けたのは、ちょうど1年前の冬のことでした。


演歌歌手 山川豊:

本当に仕事ができないで、治療して歌も歌えないんじゃないかなっていうのは自分の中にありました。


「そんなこと絶対言っちゃダメだよ」って怒られるんだけど。
そういうことを考えていないっていうのはウソですよ。考えてますから。

「もう歌は歌えない…」そんな覚悟をしたという弟に対し、兄・鳥羽一郎さんは…


歌手 鳥羽一郎:

すごく弱気にはなってたよね。だからかける言葉がないんだよね。

で、(山川が)余計なこと言ったから。いや、「俺亡くなったらどうしよう」みたいなさ。「今そんなこと考えてどうすんだばか野郎」って。それぐらいしか言いようがないんだよね。


兄に叱咤激励され、闘病しながら歌と向き合う覚悟を決めたという山川さん。

そして今回、初めて兄弟でデュエットソングを歌うことになりました。


演歌歌手 山川豊:

デュエットっていうのは、ずっと夢見てましたからね。

今回の「俺たちの子守唄」も念願でもあったし、この歌を兄貴と一緒に歌える喜び。病気なんかに負けてられない。

「病気には負けない」、そんな思いを歌に込め、ファンの心に届けたい。

この日の新曲の発売イベントで、サングラスにお揃いの黒い衣装で2人が登場すると、会場から大きな拍手や歓声が沸き上がります。


歌手 鳥羽一郎:

さっき聞いたんですよ。大勢の皆さんがどこから出てきたのかなって。聞いたらみんな家から来たって。


演歌歌手 山川豊:

当たり前でしょ。

兄弟ならではの息の合った軽妙なトークに、会場は笑いに包まれます。

しかし、現在抗がん剤治療を受けている山川さん。

会場に向かう車中では、その副作用についてこんな不安を口にしていました。


演歌歌手 山川豊:

手が痺れたりとか、この時期になってくると手(の爪)が割れてくるんですよね。

ちょっと左手で握手する、グータッチでやるみたいな。もう本当に、触るだけで飛び上がるんですよ、痛くて。ポーンと当たるだけで。


それでも、いざイベントが始まると、ファンたちとがっちり握手を交わす山川さんの姿がありました。

演歌歌手 山川豊:

本当に歌が歌えて、幸せで一日一日が楽しいっていうかな。

いろんな人に励ましの言葉をいただいたりね。そこで、やっぱり一人じゃないって気づいて力が湧いてくるんだよね。

そしていよいよ、新曲のデュエットソングを初披露。

「俺たちの子守唄」を歌い終えた山川さん(左)と鳥羽さん(右)


2人の歌を聴いたファンは…。


イベントに参加したファン:

最高。一生の思い出です。大好き。絶対治るから。お兄さんついてるから大丈夫。


イベントに参加したファン:

山川さんに何年も前にもらったの、これ山川さんが着てたジャケットなの。

頑張ってほしい、負けずに。励みになるからね。やっぱり山川さんがそういう状態で頑張ってるんだから、ちょっとしたことぐらいでくじけないわよ私たち、みたいな。

この日の発売イベントを終えた山川さんは…。


演歌歌手 山川豊:

(これほど)楽しくやれるとは思わなかったですね。やっぱり大きいところ小さいところ関係なしにね、我々は一生懸命歌う。大事なことですね。

なんかこういうところ来ると原点に帰ってね。頑張らなきゃいけないっていう気持ちになりましたね。すごく兄貴も乗ってたしね。良かったです。

やっぱり病気のことを忘れちゃうんだよね、本当に。

兄弟揃ってのステージ。ファンにとっても、2人にとっても、かけがえのない時間となりました。

(『めざまし8』2024年12月5日放送より)