宮藤官九郎 今の新宿・歌舞伎町を取材!「猥雑な感じが面白い街」 

──今回、宮藤さんは医療ドラマ初挑戦。初めてのジャンルを手掛ける難しさ、医療を扱う本作で大切にしていることはありますか?

僕、あんまり病気にならないんですよ、こう見えて。だから、病気やケガに対してそんなに危機感がなくて。医療に対する意識が低いところからスタートしているんです。だから、最初は「書けるのかな?」と思っていました。

今は、資料で調べたり、周りのスタッフさんたちにたくさん質問をして、教えてもらいながら作っています。たまに僕だけが知らない用語が出てきて「あぁ、なるほど」と分かったフリをして、あとで検索するということもあるんですけど(笑)。

幸いなことに、医療監修に入ってくださっている先生が、すごくいろいろなアイデアをくれるんです。「こういうケガで、これくらい危険な状況を書きたい。それで、あまり見たことがない処置でありつつ、大学病院とか救命センターではなく町医者ができる処置ってありませんか?」と言うと、「こういうケースがあります」と教えてくださって。

そうやって提示してもらった状況にもっていくには…と、病気やケガの症例からストーリーを考えています。これは古典落語からストーリーを考えていた『タイガー&ドラゴン』(TBS)のときの作り方と似ていますね。

──ドラマの制作が発表された際に、「歌舞伎町の設定は、僕のために用意されたもの」とコメントしていましたが、歌舞伎町にまつわる思い出はありますか?

歌舞伎町には昔、友だちが住んでいましたし、(自身が役者として)お芝居をやるのも新宿が多かったんですよね。だから、よく芝居をやって、友だちの家に行って、飲みに行っていました。

その頃、タイ人の方がやっているディスコに行くことがあり、そこでかかっている音楽がめちゃくちゃカッコよかったので、テープを買ってバンドで演奏したこともあります。グループ魂より前でしたけど、阿部(サダヲ)くんも一緒にやっていました。

タイの方がやっているディスコと、コロンビアの方がやっているディスコと、韓国の方がやっている飲み屋さんと、台湾の方がやっている飲み屋さんを1日でハシゴするみたいなこともやっていました。今よりももっと“外国の方の街”というイメージでしたね。

当時は怖い目にも遭ったし、ぼったくられたこともあるし。今は以前に比べてすごく健全な街に見えるのかなと思います。だからこそ、若い人が「ここに来れば友だちができる」と集まってきて、違った意味で治安が悪くなってきているのかもしれませんが…。

──今回、実際に歌舞伎町を取材したとのことですが、新しい発見などはありましたか?

以前は歌舞伎町で撮影なんかできなかったんですよね。何度かチャレンジしたことがあるのですが、やっぱりいろいろと難しくて(笑)。

でも、このドラマをやることになり、ぶらぶらと歩いてみたら、以前とは違って若い人が多い。あと、ホストクラブの多さにも驚きました。

コンセプトカフェがあったり、歌舞伎町タワーができたりもして、僕がよく行っていた頃とは全然違うけど、相変わらず外国の方も多い。その猥雑(わいざつ)な感じが面白い街ですね。