若かりしころの笑い飯&千鳥…大悟「めちゃくちゃ青春でしたね(笑)」
スタジオには、10年ぶり2度目となる上方漫才大賞を受賞した笑い飯と、公私ともに親しいゲストが集結。コンビ結成から人気漫才師になるまでの歩みについて掘り下げました。
「笑い飯は師匠みたいなもん」と言ってはばからない、後輩で盟友の千鳥はVTRで登場。
笑い飯の2人が別々のコンビだったころにインディーズライブの手伝いで初めて会ったという大悟さんは「僕が18歳のときで、最初哲夫さんがにぎりっ屁してきたんですよ。それでワシが『やめぇクサい!』とかじゃなくて『いつまでそんなおもんないことやっとんねん』って言ったのを、哲夫さんが『おまえ、おもしろい』ってなって。そこから仲良くなりました。その後、ノブが来て、おもしろい人たちがいるからって言って、そこでみんな一緒になりましたね」と振り返りました。
ノブさんは「大悟が先に大阪へ行ってお笑いをピンでやっていて、僕は誘われて岡山から行ったんですけど『今、一番お世話になってる2人やねん』って、西田さんと哲夫さんを紹介されたとき、大悟に『付き合うのやめぇ!この人らは売れん』って僕言いました(笑)」と、当時は売れるオーラが一切感じられなかったと明かしました。
ちなみに、大悟さんは“笑い飯誕生の瞬間”に居合わせたといい「なんばの劇場から、西田さんと哲夫さんと3人で、ワシん家に自転車で帰る途中、なんか照れながら哲夫さんが言ってきたんですよ。『大悟、西っしゃん(西田)と組むことになったわ~』って。すっごい覚えてます。それで西田さんから『大悟~どう思う~?』って聞かれて。ほんでワシが『おもしろすぎる2人やから、コンビ組んだらイヤやわぁ』って答えて、3人でちょっと黙りながら家帰るっていう…めちゃくちゃ青春でしたね(笑)」と、照れつつ回顧。
さらに、いつしか始まったという4人での共同生活について、大悟さんは「最初はワシの家で毎晩のように大喜利をやってて。紙に書いた大喜利の答えを、笑い飯が僕の部屋なのに勝手に壁に貼り出すんですよね。部屋の4面全部大喜利の答えだらけの部屋で寝るっていう、気持ち悪い生活でした」とコメント。
続けて「僕は、あのとき20歳くらいですか。実は、すごくイヤでした。彼女とかも本当は呼びたいし。でも、笑い飯は彼女とかいなくてそういう感覚がないから。ただただ自分たちがモテないからそれをしてましたね、今考えれば」と、ぶっちゃけました。
特に、西田さんからのやっかみ話がすさまじく、ノブさんは「僕の出待ちのファンの人がいて、よく来てくれる子だったんですけど『プリクラを一緒に撮ってください』って言われて。まぁ、何回も来てくれる子やからいいかなぁと思って、1枚撮ったんですよ。で、またね~って言って劇場戻ったら、西田さんが『何してたん?』と。いや、ファンの子とプリクラ撮ってましたって言ったら、『そんなダサいことするな!』ってボッコボコにされました(笑)」と述懐。