東京・上野の「東京都美術館」で開催中の「東京都美術館開館100周年記念 アンドリュー・ワイエス展」(~7月5日)。来場者数が10万人を突破するなど、好評を博しています。閉幕まであとわずか、「見逃してはならない!」と行ってきました。
アンドリュー・ワイエスは、自分の身近な人々と風景を描き続けた20世紀のアメリカ具象絵画を代表する画家で、1974年に東京と京都で行われた個展が大人気でした。本展は、2009年のワイエス没後初となる待望の国内展覧会ということもあり、平日でも多くの人が訪れています。
20歳の初個展で全作品が完売し作家人生をスタート
身体が弱く、学校になじめなかったワイエスは、小さい頃から水彩画を描き始め、有名な挿絵画家だった父親の指導もあり、20歳のときに初めて開いた個展では全作品が完売したほど、画家として素晴らしいスタートを切りました。ただ、ワイエスの作風は父親にはあまり理解されず、そこには忸怩(じくじ)たる思いがあったようです。
《自画像》(1945年)
ワイエスが珍しく自画像を描いた1945年、28歳のときにその父親を事故で亡くします。「世界全体が私の回りで崩れ落ちるようだった。父の死によって、自分自身をいっそうはっきりと見つめるようになった」と回想するほど、“生と死”が強く心に刻まれた瞬間でした。
クリスティーナの風にたなびく髪と、その髪先が木の扉に作る影の繊細な描写に感動
展覧会のポスターに使われている《クリスティーナ・オルソン》は、その2年後に描いたものです。モデルのクリスティーナとは、1939年にワイエスが夏を過ごすメイン州で、のちに妻となるベッツィの紹介で知り合いました。
ワイエスは、「彼女の痩せて骨ばった腕と肩の後ろに伸びる髪、白い陶磁の取っ手のついたドアにできた彼女の不思議な影を見て、私は傷ついたカモメを思った」と述べています。来場者が口々に「腕が細いね」と印象を語るのは、この“傷ついた”が表現されているからでしょう。
クリスティーナは進行性の病気が原因で、脚が不自由でしたが、他人の手助けに頼ることを良しとせず、たくましく生きていました。そんな彼女にワイエスは畏敬の念を持っていたそうです。もしかすると、その毅然とした姿の裏にある、病を隠し切れない細い腕や、ワンピースに隠れたか細い脚にまなざしを向け、ありのままに描くことがワイエスにとってのエールだったのかもしれません。
戸口に差し込む陽光と影とのコントラストも見事ですが、それ以上に筆者が感動したのは、クリスティーナの風にたなびく髪と、その髪先が木の扉に作る影の繊細な描写です。はかなさのなかにも凛とした力強さと、愛おしさも感じられます。どなたも時間が止まったかのように、しばらくこの作品を見つめていました。
