1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災。今年は災害発生から30年目の節目となります。
自然災害の歴史から防災を学ぶ、「災害遺構プロジェクト」。
先人たちが遺したメッセージや被害の爪痕から、社会科の教員免許をもつ、フジテレビの上垣皓太朗アナウンサーが災害の歴史を解説。
また、防災士の視点から、防災に役立つ知識を紹介します。
身近にあった災害遺構…母が書き記した大震災
みなさん、こんにちは。兵庫県出身の上垣皓太朗です。
1月17日は阪神淡路大震災の発生から30年の節目です。
私が生まれる前の大地震ですが、小さいころからこの日が近づくと、両親は地震のことを問わず語りに聞かせてくれました。
改めて話を聞くと、2冊のノートを見せてくれました。
当時、母は神戸市灘区で家族と暮らしていました。地震発生直後から約2カ月間にわたり、母や家族は、ノートにさまざまなことを書き記していたのです。
場所 兵庫県神戸市灘区
災害名 阪神淡路大震災 (1995年1月17日 M7.3)
阪神淡路大震災は、兵庫県南部を震源とする地震により引き起こされ、震源に近い地域では建物の倒壊や火災が相次ぎました。
神戸市の死者は、4571人。6万7421棟の家が全壊被害を受けました。
震災の犠牲者は6434人に達し、東日本大震災以前には、戦後に日本で起きた自然災害の中で最悪のものでした。
午前5時46分…地震発生時の記憶
今回は、ノートを見ながら改めて話を聞きました。
母:
それ(ノート)にも書いてるけど、なんか、ガシャーンって音が聞こえて、ピカッて光って、 グォーっと音がして
いつも言ってるね、ハッ、台風に…になるから、あの、家がピューって飛んでしまうので、早く逃げなきゃいけないって勝手に思って。
1月17日の朝、寝ていた母は異様な音と光で目を覚まします。
前後不覚の状態で、とっさに、大きな台風やハリケーンがきて、家ごと風に吹き飛ばされるのではないか、と錯覚したという話は、「いつも言ってるね」という言葉の通り、母がよく私にしてくれます。
母:
(早口で)眼鏡かけて、靴下履いて、はんてん羽織って、やんな。うん、それ、あの、 うわ、なんか遠くで動物が吠えている。
母:
ふすまの引き手に手をかけて、外に出ようと思った時に、揺れがグワーって来たから、もうビターンって座って、ダーンって。
上垣アナ:
床に座り込んで。
母:
そうそう、そうそう、畳に。だから、(部屋の)外出てたらけがしてるね、あれ、落ちてる。階段から。だから、すごいタイミングよかったんかもしれへん。
部屋から出ようとしたところへ激震が襲い、畳に座り込んだまま動けなかった母。ふすまの引き手に手をかけた瞬間に揺れたため、その引き手の丸い形が印象的に記憶されていました。
母:
で。そこで、こうやって揺れてるだけ。すごい長かったけど、いっぱいいろんなこと考えてんなあ、私、(ノートに)書いてるよね。
母:
あの店の焼肉、もう一回食べればよかったわ…とかって思って。この揺れもね、人にどうやって説明しようかなって、いっぱい考えた。
ジェットコースターみたいって言おうかなとか。
真っ暗な部屋、それも頭上からものや砂が落ちてくる気配がする中で、とりとめもないことが思い浮かんだといいます。
母は体を上下に激しく揺らしながら、その揺れの様子を教えてくれました。
揺れが収まり、手探りで部屋の外へ出たとき、壁だったものを踏みつけた「グシャ」という音で、大変なことになったと我に返ったそうです。
気象庁によると、神戸市などの震度は震度7。当時の震度7は、震度計によるものではなく、被害状況などから現地調査で決定されたものです。阪神地域を中心に、帯状に震度7の地域が連なりました。
忘れられない火災現場の話
母が話してくれた30年前の説明で、私が特に印象に残ったのが、母が目にした火災現場の様子でした。家族の無事が確認でき、外に出た母は、あまりの被害の深刻さに驚きます。
母:
ちょっと降りたところで、道を曲がって、もうあの家もつぶれてるしさ、さらに曲がって奥に入ってったらさ、火事があって、もうすっごい燃えててさ…。あの新しいお家がばあっと3軒ぐらい、駐車場があって、ちょっと広い。
母:
で、すっごい人が、そこをさ、わーって見ててさ、火事を。
母:
1人のおじさん、こう、脇にね、ペットボトルのあの2リットルのやつ?
上垣:
うん。
母:
抱えてさ、こうやって見てさ…、
「この水で消せたら、消してやるのにな…」って言ってんねん。
みんな、そう思って見てるねん。でも、何っにもできへんねん。で、(家が)燃えてる人はもう泣いてるねん。そこで。
上垣:
うん。
母:
で、ボーっって、たくさんの人がボーっと見てた。どうしてもあげられへんなっていう感じ。
まさに家が燃えていくその現場をただ見ているしかできなかった、母やその場にいた人の無力感を、話を聞いている私も追体験するかのようでした。
また、同じ地域でも、市民一人ひとりの被災の状況が大きく異なったことが改めてわかる話でもあります。
母の語りは、速くなったり、遅くなったり、急に語気を強めたり。ときに言い直しながら、記憶をたどっていきます。
それは、30年前のことを話しているとは思えないほど、そこで母が目にした情景がありありと伝わってくるものでした。
話を聞いたあと、書き起こしたものを母に見てもらうと、「いつも話しているからわかっているはず息子に言うからと思って省略したところがある。もしこれが記事になるなら、補足したいことや正確に伝えたいこともっと伝えたいことがいっぱいある」と、追加でさまざまなことを伝えてもらいました。
母の思いを受けとめ、最初の語りから一部を更新して掲載しています。
家族で伝え継ぐ震災の記憶…だれでも実践できるオーラルヒストリー
私は小学生のころから、母の被災体験を聞いていましたが、同じ話でも、24歳になって改めて聞くと、違う印象を受けるところもありました。身近な家族に話を聞きつづけるからこそ、「そこで何が起きていたのか?」をまざまざと感じられるのではないでしょうか。
そして、改めて災害のこと、命や暮らしを守ることに、深く思いをいたせるのかもしれません。
さまざまな人たちが経験したことを声で語った記録は「オーラルヒストリー(口述記録)」と呼ばれ、歴史の綴り方として注目されていることを、私は大学で学びました。
公的な記録には表れにくいような、一人一人ひとりの感情の揺らぎ、ささいな経験にも、大きな価値があるという考え方です。
この記事はその理念を紹介しようと、少しだけ母の語りを掲載しました。
ただ、よりよいオーラルヒストリーのためには、氏名や生年といった、人を特定するための情報を充実させる必要があります。
さまざまな語りが積み重なっていくことも重要です。
阪神淡路大震災から30年。
もし、年長の家族が、経験した災害のことを話してくれるなら…耳を傾けてみませんか。そして、記録を残してみませんか。
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