このドラマのいいところは、とてつもない“爆弾”を、いとも簡単に、あっさり、平然と処理するところ!!!
はい。というわけで、前回があまりにも感情のバイオリズムが激しくて、かなり医療ドラマ寄りな内容だっただけあって、今回はそれより違う一面を見せて、バリエーションを増やして、作品としての深みを増そう…という、そういう意図すら感じられる、長い連ドラの中にある、ある意味、箸休め的な回にも思えたんだけど、描かれるエピソードの中心が「SM」ってさ、よる10時のプライム帯に放送していいのでしょうか?(誰に!?…いやでも、物語の中心が「SM」ってのは曲解ですね)いろんな意味でハラハラしちゃいましたよ。
だけどだけど、そうは言うけど(僕が)、今回のお話も、ドント・シンク・フィール(考えるな、感じろ)の精神で言うならば、取り上げられた事象はちょっぴり過激かもしれないんだけれど、そこで描かれるのは、親子愛(と夫婦愛)なわけだから、総じて、オッケー!変形ハートウォーミングってことで、総じて、オッケー!っていう、そういう、ことで、オッケー、ですよね???(だから誰に!?)
んで、このドラマのいいところは、ドラマ内に散りばめられた、とてつもない“爆弾”を、爆弾を爆弾とも思わないで、いとも簡単に、あっさり、平然と処理するところだよね?(急に)
例えば、今回のお話の肝…、いやこのドラマ全体の肝といっていい、ヨウコの出生の秘密問題ですよ。
これって、もっと引っ張って、ドラマ的にももっと劇的に描いていいはずなのに(はずきさん:平岩紙のエピソードは劇的ではあったけど、あれを経て、もっと劇的な展開があると思うじゃん?)、実はヨウコは、最初から気づいてた…とか、舞(橋本愛)の“秘密”についても、ここまで、第6話まで、引っ張ったともいえるけど、ここまで引っ張ったのに、結構あっさり享に知られて「オヤジでも、ぶたれたことあるのに!!」という超パワーワードで茶化しちゃうとかさ、その辺のさじ加減がとてつもなくスマート!!
僕の大好きな作品に、山田太一先生の『ありふれた奇跡』(2009年/フジテレビ)ってのがあるんだけど(またしても急に)、そのドラマでは、主人公2人のお父さんが、実は女装の趣味=秘密を持っていて、その秘密が最終回まで誰にもバラされない…っていうお話があるんですよ。
で、それについて、宮藤官九郎さんが山田太一さんとの対談の中で触れていて、最後まで秘密をバラさないことに対して、すごく感心をされていたんです…。それを思いだしたわ…(急にね)。
だって、この“秘密”の描き方、一方はあっさりバラして、一方は最後までバラさないという、対照的、ではあるんだけど、そのどちらにも共通するのは、スマート!!!ってこと、僕は、勝手に、宮藤官九郎さんに、山田太一イズムを感じました!!ありがとう!!(うん、だから、誰に!?)