“決めつけ”や“偏見”といった、誰にも心当たりがあるであろう事象を表出
・今作の大テーマ『命の平等』をこう描くのか…
そしてそして、そんな大スペクタクル=“爆破事件”で、何を描いて見せたか…?ってのが、これまたすごくて、それっていうのが、このドラマが第1話から掲げている“命の平等”について…。
うん、で、今回の話の流れ上、“爆破事件”が起こる→犯人らしき人が運ばれてくる…というこの展開が来たら、ははぁー、この、大きな事件でもって、その犯人の命も、誰の命も、医者ってのは平等に助ける!!っていう、そういうことを改めて謳(うた)って、だからこそ、こんな大きな事件を描いたんだ…。
だから、その“誰の命も”の大きさ、意味が、より浮き彫りになるんだ…。とか、ド素人(=自分)が考えてたら、まさかまさか、その後、真犯人が現れて、ちょっぴり謎解きミステリー的な展開も見せて、ははぁー、そういう“すかし”を入れてきたのね!!巧い!!!とかなんとか、知ったような批評かましてたら(=自分)、真犯人こそ死なせるわけにはいかない!!ほかの重症患者よりも、真犯人を先に搬送してほしい!!!
とかなんとか、まさかまさかの展開になって、挙句、「犯人なんか助けるな言うたり、犯人だから死なすな言うたり何様じゃ!」「ド素人はすっこんでろ!」…(え?ド素人…??僕?!!?)という、見事すぎる、テーマを描くための、そんなこんなの二転三転!!
で、その二転三転ってのも、ただただドラマを飽きさせないための装置としてではなく、犯人を誤る、その怖ろしさのなかに、今回の物語を見ていた人ならみんな感じていたであろう、“決めつけ”や“偏見”といった、誰にも心当たりがあるであろう事象を表出させてしまう…。
事件はスペクタクル的でありながら、そこで描かれるのは、誰の心にも思い当たる感情=絵空事ではなく自分事、そして、それを深く感じることこそが、真のダイバーシティになるのでは?と思わせる、そんな、物語にしてしまう…。
で、そんなこんなの感情を、ヨウコ(小池栄子)の啖呵(たんか)によって“爽快さ”につなげるはつなげるんだけど、それ以上に何より、どこか苦みや痛みの方が強くて、こっちがすごく反省してしまう…複雑な味わいにさせてしまう…。
そんなお話を、この大スペクタクルを起因にして、描いてしまうこのドラマのすごみ!!!で、最初に提示されたテーマの回答を、最後の最後に、享(仲野太賀)の口から、丁寧に言わせてるのに、目を開けたまま寝る…につなげるとか…笑…もう感情が、無理!!!
かと思ったら、次回は「好きなお巡りさんができたの♡」(再びのパワーワード!)からの恋愛話!!!SM→しのぶさん回→爆破事件→恋愛!!!もう要素が、多すぎて、このドラマ、ついていけない!!(=楽しすぎるの意)