今年は印象派の代表的な画家、クロード・モネの没後100年。そのモネに“会える”本格的なVR体験が横浜で楽しめます。制作・監修を手掛けたのは、パリの「オルセー美術館」。印象派誕生の瞬間へとタイムスリップする没入型VR体験に行ってきました。
会場は神奈川県・横浜駅直結の「ASOBUILD(アソビル)」3階にある『IMMERSIVE JOURNEY(イマーシブジャーニー)』。現在体験できるプログラムの一つが、「Tonight with the Impressionists Paris 1874 -印象派画家と過ごす夜-」です。
モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌなど未来の巨匠画家が続々登場!
VR(仮想現実)では、ヘッドマウントディスプレイの画面に現れる移動位置に歩みを進めると、自分があたかもその世界に入り込んだような感覚に包まれます。
早速、降り立った舞台は1874年4月15日、夜9時のパリ。馬車が行き交う音に、一気にその時代にやってきたことを実感し、ワクワクします。
道路から後ろを振り返ると、そこには完成間近の荘厳なオペラ座の建物が。スケール感に見入っていると、「私はこのあたりに住んでいるから、ずっと見守ってきたんですよ。落成式が楽しみ!」と、小説家志望のモデル、ローズさんに声をかけられます。
このローズさんが、私たちの案内役です。ブルーのボリュームのあるドレス、小さな帽子、高く盛り上げたヘアスタイルが当時のパリの街並みを一層引き立てます。
「展覧会をしているので行きましょう」と連れていかれたのは、大きなネオンサインの看板が目を引く、肖像写真家のナダールさんのアトリエだった建物。
エレベーターで2階へ案内されます。会場は平たんな床のはずなのに、体ごと浮き上がるような感覚になるのは、VRならではの面白さです。
ルノワールとドガの生々しい会話にひやひや!
展覧会場では、モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ピサロ、シスレー、モリゾなど約30人の若き画家たちによるグループ展が開かれていました。
のちに、印象派を代表する画家として揺るぎない地位を確立する彼らですが、当時、唯一の評価の機会であった美術アカデミーが主導する「サロン・ド・パリ(官展)」で、その画風が理解されず、落選の憂き目にあっていました。そこで、サロンに対抗する形で、独自の展覧会を企画していたのです。
会場に入るといきなり、ルノワールが「あの画商はなぜいないんだ?」と仲間のドガに漏らし、同時開催の「サロン」ばかりに人が集まる現状を嘆く場面に出くわします。生々しい話題に、「こんなこと聞いちゃっていいのかしら?」とひやひやしていると、ルノワールがこちらに気づき、作品の解説をしてくれました。
奥の部屋には。モネやピサロもいました。「こんなに続々と有名なアーティストに会えるとは!」と感激する一方で、モネの絵を鑑賞している人からは、「これはいったい何だ?汚れたキャンパスに置かれたパレットの削りくずだ」と辛らつな言葉も飛びます。この時代、いかに印象派の絵が理解されていないのかが伝わってきます。
画家たちに接近も可能!VRならではの楽しみ方
ナレーション仕立てではなく、画家同士の会話を聞きながら、その時代の背景を知る、という展開はとても新鮮。駆けつけた画商の「あなたがたの鮮やかな色彩と力強い筆づかいはまだ理解されていませんが、いつかきっと、勝利を手にする日が来るはずです」という言葉に、のちの印象派の成功を知る身としては思わず「そうそう!」とうなずいてしまいました。
サロンから独立した形でのグループ展の構想は、もともとモネとも親しかった画家のバジールが持っていたもので、彼らが「自分たちの展覧会を開こう!乾杯!」と決起する回想シーンにも立ち会えます。
筆者はこの場面を遠目から眺めていたのですが、同行した編集部のスタッフは、画家たちの輪にまざり、祝杯をあげていたのだとか!
限られた範囲内とはいえ、自由に歩き回れるVRではそんなこともできるのですね。私も一緒に乾杯したかった、残念。
水辺には並んで絵を描くモネとルノワールの姿も!
このVRは、オルセー美術館が制作・監修し、印象派研究の第一人者である同館のキュレーターの知見が注ぎ込まれているだけあって、実に見事に当時の世界観が再現されています。
それは、モネたちを“落選させていた”「サロン」を訪れてもよくわかります。ローズさんが「ここは天井まで作品がびっしりでしょう?題材も歴史や神話で、風景画は一切ないんですよ」と、先ほど見たモネたちのグループ展との違いを説明してくれました。
確かに、作品の題材、展示方法がまったく異なります。ここでは上下左右に360度ぐるりと見渡すことをおすすめします。天井に近い絵は、一生懸命上を向いてもよく見えないほどです。また、来ているお客さんはいかにも上流階級という出で立ちです。
続いて場面は一転、今度は外の光がまぶしい、ボートがたくさんある水辺へ。風を感じるのは気のせいでしょうか?ここはパリ市民の週末のリゾートとして賑わったセーヌ川沿いの行楽施設「ラ・グルヌイエール」。
なんと、向こう岸では、モネとルノワールが並んで絵を描いています。「向こうに行ってみましょう!」と橋を渡ろうとしたローズさんが、おっと危ない、水に落ちてしまうハプニングが。後ろに続くこちらも、平たんな場所だとわかっていても、狭い橋から落ちないように、恐る恐る歩を進めるようになってしまいます。
無事に橋を渡ると、2人の会話が聞こえてきました。
モネ:「ルノワール、水面で光が踊っている!」
ルノワール:「素晴らしいがはかない。それでも私たちは進歩し続ける。光は刻々と変化する。急がないと。色はこれで足りるかな?」
モネ:「色の数は関係ないぞ。その場で感じた印象を捉えようとしているか? 何を描くかよりも、いかに捉えるかが重要だ。そうは思わないかい?」
モネは水面の動き、ルノワールは人の表情に焦点を当てるといった、未来の巨匠の会話を至近距離で聴ける贅沢さ。こちらも、自ら近づいてキャンバスを覗き込むような楽しみ方が可能です。
圧巻のパノラマを前に名作「印象、日の出」を描くモネに出会う
さらに、印象派好きの方にはたまらない光景が広がります。フランス北部の港町ル・アーヴルのホテルのベランダでは、モネがのちに「印象派」の由来となる名作「印象、日の出」を描いていました!
(c)Excurio
モネ:「うまくいかないなあ。光は変わってしまう。もっと素早く描かないと。忘れるなよ。大事なのは何を描くかじゃない。大切なのは、それを包み込む光なんだ。オレンジ色が強すぎるかな?私はそう感じるから。さあいくよ」
そう自分に言い聞かせながら、水面に映る太陽の光の部分にオレンジ色の絵の具をのせました。
あのグループ展で評論家が「印象、日の出」を見て、「これは風景ではない。ただの印象だ」と揶揄し、タイトルを皮肉って「印象派」と呼んだことが、のちの印象派というグループの呼び名につながりました。思いがけず、歴史を変える作品の制作の瞬間に立ち会うことができました。
最後、ローズさんとともに建物の屋上へ出ると、印象派のその後の成功を祝うかのように、「パーン、パーン」とパリの夜空に祝砲のように花火が上がります。印象派誕生、万歳!
実は筆者は、2024年のパリオリンピック開催時に「オルセー美術館」でこのVRを体験していました。サクセスストーリーが語られるのかと思いきや、若き画家たちが、認められない現状を嘆くという、アートの現実を直視した展開に「さすが本場のコンテンツ!」と感銘を受け、日本の方にご紹介できる機会を心待ちにしていました。
本作は、日本語版の声優陣も豪華です。クロード・モネ役に梶裕貴さん、オーギュスト・ルノワール役に神尾晋一郎さん、エドガー・ドガ役に子安武人さん、カミーユ・ピサロ役に櫻井孝宏さん、ポール・セザンヌ役に浪川大輔さん、そしてローズ役に伊駒ゆりえさんと、実力派が結集。また、脚本の日本語訳監修は、国立西洋美術館主任研究員である袴田紘代氏が務めています。
まさに、視覚・聴覚のすべてでパリの古い街並みを巡り、画家たちと出会いその情熱に触れる――。なんとも贅沢な45分でした。文化の秋を前に、1874年のパリへタイムスリップしてみてはいかがでしょうか?
