「エリックサウス」の稲田俊輔総料理長が、誰も知らないプロの味を初公開しました。
東京駅八重洲店をはじめ、全国に11店舗を構える人気南インド料理店「エリックサウス」で、総料理長を務める稲田さんが、これまでのレシピ本では紹介してこなかった「プロだけが知る秘密のカレーベースの作り⽅」を掲載した新刊「インドカレーのきほん、完全レシピ」(世界文化社)が発売中です。
⽇本にインドカレーのニューウェーブを巻き起こし、料理⼈、飲⾷店プロデューサー、⽂筆家として活躍の場を広げる稲田さんに、誰でもプロの味を再現でき「動画よりもわかる」本書について、そして南インド料理の魅力についてたっぷり聞きました。
暑い季節におすすめの、「ケララ風チキンカレー」のレシピも掲載!ぜひご家庭でプロの味に挑戦してみてください。
インド料理店のカレーを再現できる「ボイルドオニオングレイヴィ」レシピも公開
<稲田俊輔インタビュー>
――これまでもレシピ本を多く出版されていますが、今回の本との違いを教えてください。
これまで出版したレシピ本は、とにかく“作るためのハードルを下げる”ことをテーマに、基本的に時短で工程数を少なくして、その枠の中でどこまでできるかという内容が中心でした。
今回は一旦そこから離れて、ご家庭でやれることはすべてやって、それでプロの味に限りなく近く、場合によってはそれを超えるものを作れるように、というのが大きな目的です。
一見すると材料や工程が多いレシピもあって、「難しそうだな」と思われるかもしれませんが、この工程通りに作っていったら、本当に同じ味に仕上がります。ご家庭で、確実に専門店の味わいを楽しみたいという方にぜひ活用していただきたいです。
――制作する上で、心がけた、苦労した点を教えてください。
お店でやってきたことそれをそのまま紹介しているので、大枠においては、「自分がベストを目指すためにはこうする」というのをそのままレシピに落とし込んだだけなんです。
「すごく簡単ですよ」というものでは決してありませんが、レシピ通りに作ったら、必ず同じ料理ができることを目指しました。そういう達成感を味わってもらえるような本にしました。
調理中の色の変化がよくわかる構成に
――調理の過程での食材の色の変化は、初心者にはわかりにくいと思いますが、これだけ詳細な工程写真があると、動画よりもよくわかりますね。
要するにポイントがコマ送りのようになっているわけなので、動画よりもすごくわかりやすいと思います。
これまでのレシピ本では、工程写真数を抑えて掲載することがほとんどだったのですが、編集部からの提案でページもしっかり割いて、工程数も多く紹介しています。
――惜しみなくたくさんのメニューが掲載されていますが、どのような基準で選定したのでしょうか?
絶対に入れなければいけない“お約束”なレシピから、日本ではあまりメジャーではないけれど紹介したいものまでを選びました。あとは、マニアックなテーマになりますが、「ボイルドオニオングレイヴィ」(※)を使ったカレーを紹介しています。
(※)ゆでた玉ねぎを主体に、カレーに不可欠な香味野菜や最低限のスパイスをあらかじめ合わせた、汎用的なベースソース。このソースに具材とスパイスを加えるだけで様々なカレーが作れます。
「ボイルドオニオングレイヴィ」というのは、日本だけでなく世界で1番普及しているスタイルのインド料理なんですが、海外も含めてこのレシピはほとんど公開されていないんです。これを紹介したら、日本で最初になれるなって欲目もありまして(笑)。
もうすでにインド料理やスパイスカレーを自分で作っている方の中には、絶対にこのレシピを求めている方がいるはずだと思いましたし、実は皆さんがこれまで外食で散々食べてきたカレーなんだけど、「作り方を知らないでしょう?」という意味でも、紹介したかったんです。
――カレー以外にも、エリックサウスが人気に火をつけた「ビリヤニ」も、お店と同じ味が楽しめる本格的なレシピが紹介されています。
これまではビリヤニも、「レンチンでもできますよ」「炊飯器でもできますよ」といったアプローチが多かったんですが、カレーと一緒で、これも家でできることはすべてやって、本場の味に近づけるようにということを惜しみなく掲載しています。
紹介している「ハイデラバード式ラムビリヤニ」のレシピなんて、工程だけで3ページも割いていますからね。いつまでたっても工程写真が続くっていう(笑)。
1冊の本で初心者からマニアまでを納得させたい。同じレシピを見ても、初心者かマニアかで見え方が違う。そこがまた面白いみたいな内容を目指しています。
そういう意味では、工程数の多いカレーのレシピが続いた後に突然工程数が超少ないクイックチキンカレーを挟んだり、バスマティライスを鍋で炊く方法も紹介しつつ、炊飯器で炊くレシピもあったり。本の中で、ところどころに踊り場のようなものを設けていて、「ついてこいよ、脱落するなよ」みたいな作りを意識しました(笑)。
カレーは「塩とスパイス」で素材の味を引き出すシンプルな料理
――スパイスについて教えてください。基本とされているスパイス4種類(コリアンダー、クミン、カイエンヌペッパー、ターメリック)は、初心者はどこで買うのがおすすめでしょうか?
正直なところ、普通にスーパーで買うのが1番いいと思っています。日本の大きなメーカーが扱っていて、スーパーに置いてあるスパイスは、実は世界最高スペックなんです。なので最初はスーパーで手に入るもので揃えて、たくさん使うとか、スパイスの良し悪しがわかるようになったら、スパイスを袋で売っているような専門店で買うといいと思います。
スパイスは大事なようでいて、実は脇役でしかないので、あまり凝りすぎてもしょうがないんです。
――稲田さんの思う、インドカレーの魅力とは?
一番は、「わけのわからなさ」ですね(笑)。わかったつもりになっていても、どんどん新しいバリエーションが出てくるし、常識を覆すものが出てくる。
インドカレーというと、スパイスをたくさん使って強烈で複雑なイメージがあるかもしれませんが、料理の本質としてはめちゃくちゃシンプルなんです。 例えばブイヨンや、だし的なもの、発酵調味料を使わず、基本的に塩オンリーの味付けなんですよ。
塩とスパイスで素材の味を引き出すという、ごくごくシンプルで、プリミティブな料理なんです。それであれだけの味の変化が出せるのは魅力的だと思います。
――家庭のカレーとプロのカレーでは、どのような違いがあるのでしょうか。
やっぱりプロのカレーは味にブレがないし、完成度も高いんですが、使える素材も限られているし、めちゃくちゃ制約があります。
あらゆるプロの料理に関して言えることだと思うんですけれども、おいしさのレベルがあるラインを超えたら、今度はそれを嫌いな人がどんどん増えていく世界があって。
インド料理で言うと、本格的なローカルの魅力を追求しすぎると、どんどん脱落者が出てきてしまうから、ほどほどで止めなければいけないというのがありますよね。
でも、家庭料理にはその制限がないので、実は家庭料理の方が“攻める”ことができるんです。一般的な感覚としては、カレー1皿を食べるのに3000円は払えないけれども、でも材料に凝ったら3000円で売ってもおかしくない1皿ができちゃいます。
ただしお店は何度も何度も同じものを、毎日何年も作り続けるわけで、やはりそういう意味では“練度”というものがある。
同じレシピを繰り返し繰り返しやっていると、精度がさらに上がって、作れば作るほど、なぜかおいしくなっていく。そういう意味では、プロは勝手に練度が上がり続けているので、味に確実さがあります。
「オリジナルレシピを考えるときは、自分のアイディアや思いつきはなるべく無視する」
――稲田さんは、オリジナルメニューの開発も精力的に行っています。どのように創作されているのでしょうか?
僕は、自分も含めて個人のアイディアや思いつきをまったく信用していませんが、“文化”は信用しているんです。やはり集合知としての文化には、風土や歴史の中で生まれてきて淘汰されて支持され続けたものなので、そこには絶対の“真実”がある。
なので、オリジナルレシピ的なものを考えるときは、自分のアイディアや思いつきはなるべく無視するようにしています。
例えば、「インド料理にはこういうものがあって、こういう文化があるから、必然的にこういう料理があってもおかしくないはず」ということを導く。あくまで文化から導き出して、その結果この料理になる、というスタンスで新しいレシピを考えています。
――稲田さんの今後の目標を教えてください。
実はカレーの本に関しては、ちょっとやり切った感があるんですよね(笑)。
自分は、家庭料理的なところも非常に面白く思っているので、改めて日本料理を身近にしたいという思いがあります。
割烹で提供されるような料理は、「自分たちとは関係ない」と思っている方が多いような気がしていて。インド料理やインドカレーは「お店で食べるもの」だけでなく、家でも作れますよということを、日本料理でも同じアプローチでできないかなとちょっと考えています。
<残暑を乗り切る「ケララ風チキンカレー」レシピを紹介>
「常夏の国の美味しさをぜひ味わってみてください」と稲田さん
本書に掲載されている中から、暑い夏にぴったりの「ケララ風チキンカレー」のレシピを紹介。
「ココナツミルクとチキンでコクがあるんですけれども、動物性の油脂ではないのでコクがありつつもサラッとしていてさっぱり食べられます」と稲田さんがイチオシのカレーレシピをどうぞ。
「マスタードシードがなければ省略しても」(稲田さん)
※GGペーストは、おろしにんにく・おろし生姜、各4gで代用可
※玉ねぎのケララ切りは、スライスでよい