2011年3月11日に発生した東日本大震災。
あれから15年、悲しみを抱えながらも、夢に向かって新たな一歩を踏み出そうとしている人がいます。

宮城県内の大学に通う4年生・髙橋輝良々(たかはし・きらら)さん、22歳。
この4月、小さい頃に“亡き親友”と交わした約束を果たし、小学校の先生になります。

夢かなえ先生になる大学4年生 15年前に結んだ“亡き親友”との約束

めざましmediaが取材に伺った3月初旬、髙橋さんは母校である宮城・石巻市にある門脇小学校を案内してくれました。

髙橋輝良々さん:
晴れた日には鬼ごっこをして遊んでいました。いまの自分では考えられないですけど(笑)

提供:髙橋輝良々さん

笑いながら、当時友人たちと校庭で過ごした日々を話してくれた髙橋さん。
小さい頃は活発な性格で、学校の授業では先生に当ててもらうために積極的に手を挙げるような子だったといいます。

震災遺構になった門脇小学校

しかし、楽しかった思い出が詰まった母校は、2011年3月11日に津波火災に見舞われ、その後、震災遺構に。
髙橋さんはいま、ここで語り部として活動しています。

髙橋輝良々さん:
はじめは、当時の在校生としてお話できればいいなと思っていたものが、だんだん命が大切だってことをもっと伝えなきゃと思うようになりましたし、震災の教訓を次につながないといけない大切さもあとから気づいていって。
その使命感は、語り部を始めたころよりも今の方が大きいと思います。

そんな髙橋さんは今年4月、『小学校の先生になる』という夢を叶えます。

髙橋輝良々さん:
私は元々、幼稚園のときから、小学校にいる先生は“なんでも知っている人”というイメージがありました。それが憧れで「なりたい」という気持ちが最初からずっとあったんです。

幼稚園のころに抱いた“先生への憧れ”。その思いは、小学1年生の時、あるきっかけで「絶対に実現させたい」夢へと変わることに。

髙橋さんには、幼稚園生の頃からよく遊び、小学校1年生でもクラスが一緒だったという、大好きな親友がいました。
1年生のある日、彼女と交わした夢の話を、髙橋さんはいまでも覚えています。

髙橋輝良々さん:
春か夏の暖かい日だったんですけど、校庭にあるジャングルジムの上で2人で話をしていたときがあって。私が「小学校の先生になりたいんだよね」って話したら、友達も「え!私もだよ。一緒になろう」と言ってくれた記憶があります。
大好きな友達と夢が同じだったのがすごくうれしくて。「なりたいな」から「絶対なるぞ」っていう気持ちに変わったのは、このときだったと思いますね。

一緒に大人になって、一緒に先生になる。
暖かな日、門脇小学校の校庭で、髙橋さんは親友と、そんな未来を約束しました。
 

しかし、1年生も終わりに差し掛かった、2011年3月11日。

東日本大震災が発生しました。
 

当時小学校1年生だった髙橋さんは下校途中、学校を出てすぐの石段の上で強烈な揺れを感じ、その場でしゃがみ込みながら揺れがおさまるのを待ち続けました。

ほどなくして学校に急いで戻ると、先生たちに連れられ高台に避難する事に。
当時小学1年生ながら、鳴り響くサイレンと大津波警報を耳にし、ただならぬ緊張感があったことを覚えているといいます。

髙橋輝良々さん:
私はもう必死だったので、この列からはぐれたらもう死んでしまうというか、ダメなんだと思って、前しか見えなかったです。

しばらくのぼり、高台にある日和山公園にたどり着いた髙橋さん。雪の中、先生が広げてくれたブルーシートの中で他の児童たちと一緒に寒さをしのぎ、30分後には、さらに高台にある日和山神社へ避難。
津波を免れることができたといいます。

その後、迎えに来た父親に引き渡され、数日後には家族みんなで自宅に帰ることができました。
 

しかし…「先生になろう」と約束を交わした親友は、帰らぬ人となっていました。