2011年3月11日に発生した東日本大震災。
あれから15年がたち「子どもたちの命を守りたい」と、語り部をしている女性がいます。
めざましmediaがお話を伺ったのは、宮城・石巻市の佐藤美香さん。震災により、当時6歳の娘を亡くしました。
災害時に、命を守れる行動を子どもたちに取ってほしいという佐藤さんの思いから、1冊の絵本が生まれました。そこには「娘を“生かし続け”たい」と、亡き娘の話を語り続ける母の姿がありました。
(※この記事には、震災直後の被災地の写真が含まれます。)
「太陽みたいな子だった」笑顔で手を振る姿が娘の最期
2年前の2024年3月11日に、『2人の天使にあったボク』という1冊の防災絵本が誕生しました。
この絵本は、大きな地震が発生し、一人でいた男の子の元に天使たちが現れ、津波から避難するために高台に導いてくれるというストーリー。
佐藤美香さん:
災害が起きた時に「どうしなきゃいけないよね。じゃあこうしようね。」とかっていう親子で話し合うきっかけになってくれたら。
そんな絵本に込めた思いを語ってくれたのは、『語り部』として活動している佐藤さん。
あの日、当時6歳でこの世を去った娘・愛梨さんに起きたことを、語り続けています。
佐藤美香さん:
愛梨はね、ひょうきんな子。人を笑わせるのが得意な子で、あの当時、小島よしおさんの「そんなの関係ねぇ」っていうネタがはやっていたでしょ。それをみんなの前で一生懸命やったりとかして。本当に太陽みたいな子だったかな。もう愛梨がいるだけでぱーっと明るくなる感じだった。
しかし、2011年3月11日の朝、いつものように幼稚園の送迎バスに乗り、笑顔で手を振る愛梨さんの姿が、佐藤さんが見た、最後の娘の姿となりました。
佐藤美香さん:
私が「行ってらっしゃい」って言って送り出したのが最後。それで愛梨も「行ってきます」「バイバーイ」って手を振ってバスが出ていって。まさかそれが最後だと思わなかった。
震災当日、地震に見舞われ、園児たちを自宅に送り届けようとした園の送迎バスに乗せられた愛梨さん。バスは高台にあった日和幼稚園から、海側に向かいます。その後、バスが幼稚園に戻る途中で津波と火災に巻き込まれ、5人の園児たちの命が奪われました。
2011年3月14日、ようやく佐藤さんが会うことができたのは、変わり果てた我が子の姿でした。
佐藤美香さん:
その時に目にした娘の姿は、もう表情すら分からない。本当はぎゅーって抱きしめてあげたかったんだけど、抱きしめてあげることすら叶わない状況でした。我が子がそんな状態で見つかるとは思わなかったし、ましてや亡くなるなんて思っていなかった。
子どもたちは、3人が抱き合うように亡くなっていたといいます。
バス発見場所の近隣住民が、火の手が回る深夜まで「たすけてー」「たすけてー」という子どもたちの声を聞いていたことから、子どもたちは津波で亡くなったわけではないと思ったという佐藤さん。
佐藤美香さん:
子どもたちは最後まで助けを求めて、必死に生きようとしていたんだと思っています。どんなに怖かったか、苦しい思いをしたか…。想像を絶する状況の中で子どもたちは旅立っていってしまったと思っているので…、やっぱりこういうことって二度と起きてほしくないです。
そんな悲しみと共に、佐藤さんは「私は伝え続けるということを、やっていかなきゃいけないなと思っています」と、娘の話を語り続けています。
そんな佐藤さんの「子どもの命を守りたい」という願いが込められた1冊の絵本には、あの日の愛梨さんの姿も記されていました。
