24日、ミラノ・コルティナ五輪に出場したチーム・ジャパンが帰国。15人のメダリストによる会見が行われました。
なかでも注目されたのは、日本のフィギュアスケートペア史上、初の金メダルを獲得した、 “りくりゅうペア”。
木原龍一選手(33):
五輪では心が折れそうになった瞬間もありましたが、パートナーの璃来ちゃんとともに、最後まで走り抜くことができました。
三浦璃来選手(24):
自分たちの積んできた練習っていうのを信じて取り組むことができて、個人戦金メダル、団体戦銀メダルを取ることができました。
お互いに支え合って手に入れた金メダル。
空港でも、花束贈呈後、挨拶のためにマイクを受け取った三浦選手が花束を落とさないように、木原選手がそっと手を差し伸べると…。
写真撮影の前には、三浦選手の2つのメダルのヒモがきれいに写るよう、木原選手が整えるといった、ペアならではの“絆”の強さが見える場面もありました。
“りくりゅうペア”の絆
今でこそ、息がぴったりで“世界一のペア”と言っても過言ではない、りくりゅうペアですが、結成当初から全てがうまく行っていたわけではありませんでした。
ペアを結成してからわずか4カ月で挑むこととなった、2019年の全日本選手権では、演技前にグリップの確認をしようとした木原選手に対して…。
意図がわからず、“ハイタッチ”をしてしまう三浦選手のほほ笑ましい姿が。
この大会に出場したペアは1組だけだったため、結果は優勝。
直後のインタビューで「ファンに力強い熱いメッセージを」と頼まれた2人が「2人で一緒に」と、声を合わせようとしますが、息が合わずコメントがそろわない場面もみられました。
さらに…。
――リンク外で合っているなと感じる部分はありますか?
木原選手(当時27歳):
ないですね。(年の差が)10歳近いんで。ジェネレーションギャップもすごい。
三浦選手(当時18歳):
たまに動作がすごい合うって言ってなかった?
木原選手(当時27歳):
リンク動作?リンク外で?あるか~?
三浦選手(当時18歳):
言ってなかったっけ?言ってた気がする…。
木原選手(当時27歳):
(分かるのは)怖い物が苦手と…、注射を打つときにうるさいってことはよく分かっているんですけど…それぐらいですかね。
ペア結成から約3年後に挑んだ北京五輪でも、木原選手は三浦選手のことを現在のような「璃来ちゃん」呼びではなく、「三浦さん」と名字に“さん付け”で呼ぶ姿が目立っていました。
しかし、個人戦ペアフリーでは、息の合ったコンビネーションを見せて、五輪の大舞台で自己ベストをマーク。7位入賞を果たし、喜びを分かち合いました。
そして、ペア結成5年目となる、2024年4月には、二人の関係をこう話していました。
木原選手(当時31歳):
ペアのスケーターというのは、常にパートナーの女性をサポート、優しく包めるような男性、そして…なんだろう…尻に敷かれる。ハハハ。
三浦選手(当時22歳):
尻に敷いてる?
木原選手(当時31歳):
年々立場が逆転してきていますね。
「みんながみんなのために」
少しずつ絆を深め、迎えたミラノ・コルティナ五輪。二人の絆は、金メダルという形で結実します。
フリーでは、演技後涙が止まらない木原選手を、年下ながら優しく気づかった三浦選手。
インタビューでは、「いつも引っ張ってくれる龍一くんが…、だから今回は私が“お姉さん”でした」と話していました。
世界中で感動を呼んだ“りくりゅう”ペアの逆転金メダルと、絆。
帰国会見で、団体で銀メダルを獲得した“団結力の源”について聞かれた、木原選手は…。
木原龍一選手:
僕自身は特に大したことはしてないんですけど、全員が何か役割を持っていて。「みんながみんなのために」っていう思いを全員が持っていたので、それが一つのチームになったってのが大きかったと思いますし。坂本さんがやっぱり、チームをまとめて…。
三浦璃来選手:
キャプテン!
木原龍一選手:
(森田)キャプテンね、キャプテン+(坂本選手が)。
アイスダンスの森田真沙也選手が団体のキャプテンを務めていたことを忘れないよう、すぐさま三浦選手がフォローする、“あうん”の呼吸が光りました。
木原龍一選手:
坂本選手がすごく明るかったので、さらにみんなを固めてくれて、さらにキャプテン(森田真沙也選手)がまとめてくれて。なんだろう…とにかく仲が良かったです。
(『サン!シャイン』 2026年2月25日放送より)
