ちょっぴり泣ける男の友情、家族の愛情を垣間見る人情物語、人を信じることの大切さを問うシンプルだけど深い人間ドラマ
おっと。気がつけば、後半は虚実入り乱れる…いや、ほぼ勝手な妄想からの絶叫になってしまいましたが、要するに僕が言いたかったのは、左右馬と鹿乃子の関係性、たまらんね?ということです。
いやマジで、あんないつもお調子者風でやる気なさげな左右馬が、たまーに、急に、急激に色気出してきて、挙句の果てに「君という人がいてくれて、僕は幸せものですね」って、もうプロポーズですやん。
いや、もうなんか、なんていうか、あれはプロポーズでもないわ。あの言い方はもっと生々しい感じ?ですよね?ね??(誰に!?)
うんもう、ぶっちゃけ言っちゃうけど“抱かれた”も同然(最低)、あの言葉がハートに直撃も直撃、粉砕。そら、鹿乃子もあんなことをまじまじと目の前で言われたんじゃ、正気保てませんよ。反射的に外出ちゃいますよ。
…うん…で、なんの話でしたっけ?(おい!)あ、そうそう、思い出した。今回、鹿乃子の能力が失われてしまった?という回で、でも、そしたら、もうなんていうか、なんの変哲もない、ただの普通の男女バディのレトロミステリーになるだけじゃね?っていう、そんな心配をよそに、まさか、ウソを聞き分けられないこと=何が真実かわからない怖ろしさを丁寧に描いてみせたかと思いきや、そっから、ウソを聞き分けられない能力の私(鹿乃子)って、先生の助手としていていいのだろうか?という迷いが生じた!?っていうその答えを探す回になるのね…。
ふむふむ、そうしたらそれは、たとえどんな能力を持っていてもいなくても、鹿乃子くんは鹿乃子くんのままでいいんだよ?的な、直接的な言葉でもって鹿乃子(&視聴者)を悶絶させてくれる…ハッピーエンドにしてくれる…とかなんとか、勝手に決めつけてたのに、まさかまさか、その答えはもっとその先の感情=ホントの言葉である「君という人がいてくれて、僕は幸せものですね」でもって、鹿乃子「もしウソが聞こえなくなったとしても、私は助手として先生に見合う人間でありたい」でフィニッシュさせる!だなんて…なんちゅう、奥の深い話!!!そう、そうなの。能力じゃないの(=先生が自分を好きかどうかじゃないの)。先生に見合う人間でありたい(=私が先生をどれだけ好きかってことなの)(いい加減にしろ!)。
っとまあ、前回が、幽霊屋敷…モデルをクビになったから絵描き夫妻を殺したんだけど、ミイラのままだから生きてるとか思って、ときどき会いにきてたとか供述するとてつもないサイコパス回(とはいえ、演出はラブロマンス風の感動回)だったというのに、今回は弁当の発注ミス?(に寸借詐欺を添えて)という、なんてことないエピソードで1時間を飽きさせることなく描ききってしまうどころか、ちょっぴり泣ける男の友情や、家族の愛情を垣間見る人情物語、人を信じることの大切さを問うシンプルだけど深い人間ドラマ、妄想せざるを得ない男女の淡い恋物語…まで仕上げてしまう、この『噓解きレトリック』の奥深さ。
で、全然関係ないけど、冒頭、左右馬と鹿乃子が、草食ってたけどさ。あれ、おそらく、草を食うカップルってのは、月9史上初ですよね?ね(誰に!?)僕の月9メモリアルメモに、またひとつ思い出が増えました(?)。