享は、それが理由で母親の前で男らしく振舞ってきたのかと問うと、堀井は少し違うと答える。
亭主関白な英輝が大好きだった房江。そんな両親を見るのが嫌で、堀井は20代の頃に家を出てから、ほぼ絶縁状態だったという。
しかし、15年前に英輝が他界し、房江の定年退職もあり、独居老人になってしまうことを心配した堀井は、 実家に近い病院で働くことに決めた。
ただ、こんな身なりや性格を受け入れてくれる病院が簡単に見つかるわけもなく、面接受けても軒並み落とされる日々。
そんな時、聖まごころ病院の面接を受けた際に、啓介から「女性とか男性と関係ない、うちが欲しいのは優秀な看護師だから」と言われ、面接に受かり、晴れて“まごころ”で看護師長として働き始めたのだった。
“まごころ”に就職が決まってから久しぶりに実家に帰ると、家の中がゴミで溢れかえっており、キレイ好きで家事が好きだった房江が何もできない人になっていた。
一時的なもので時間が経てばそのうち元に戻ると思っていた堀井だが、認知症は思いのほか進行していて、房江のなかで堀井と英輝が混同するように。
最初のうちはその都度訂正していたものの、あと何年一緒に過ごせるかも分からないことを考えると、最後まで房江の気持ちに付き合ってあげようと考え、堀井は身なりを中年男性に変えて、他界した英輝のふりをしながら過ごしていた。