主人公2人、ヨウコ(小池栄子)&享(仲野太賀)のすごさ
①面倒でややこしすぎるんだけど愛すべき主人公たちの“すごさ”
なんといっても、このドラマがこのドラマたらしめているその最大の要因は、今作の主人公2人、ヨウコ(小池栄子)と享(仲野太賀)、ですよね。
まずヨウコ。そもそも、視聴者は、当たり前に、フィクションのキャラクターとして…ってのはわかってはいるんだけれど、とはいえ、小池栄子さんという人物を、バリバリの日本人として認識してるわけじゃないですか。
だから、いくら役柄とはいっても、ヨウコ・ニシ・フリーマンというネーミングからして、すぐさま“そんな人”ってことで、そこに焦点を合わせる…ってのは難しい、じゃないですか。
小池栄子さんを、ヨウコ・ニシ・フリーマンと認識するには、すんごく時間がかかるはず、じゃないですか。
それに加えて、聞きとりやすい標準語は皆無で、英語交じりの岡山弁を喋る(翻訳字幕も入るし)…っていう、視覚的にも聴覚的にもなかなかに混乱してしまう。テレビの見方が変化してきているとはいえ、“ながら視聴”があたりまえになっている、テレビドラマの中の、そのキャラクターとしては、かなりリスキーでめんどくさい役どころだった…はず、じゃないですか。
だけど、だというのに、その“違和感”ってのは最初だけで、もう、あのキャラクター、あの喋り方でなければ、ヨウコではないし、むしろ、あの風貌と喋り方のおかげで、ヨウコが持つおかしさと強さを、最大限に高めている…。
今となっては、あのヨウコでなければ面白くないし、あのヨウコでなければならなかった!という、あの、魅力!!しか詰まっていないキャラクターに仕上げた、小池栄子さん…すごすぎます。
ましてや、あの喋り口で、医療用語まで喋らせるんだから、視聴者へキャラに加えて“説明”まで、スムーズに伝えなければならないんだから、あれを、あそこまでスムーズに、キャラとしてフィットさせてしまった小池栄子さんの、すごさ、とてつもない!!ですよね。
でもって、当然、享だってヨウコ同様にすごい。だって、舞(橋本愛)が好きだと思ったら、ヨウコのことも好きになって…という優柔不断さに加え、金(とポルシェ)にものをいわせる態度だし、首になにかしらデコレーションしがちだし、付き合ってもないのに付き合ってると思い込むし、挙句の果て、舞に対して「関わんないのが究極のボランティアなんじゃねーの?(リップ塗りながら)」(第8話参照)とまで言っちゃう、そんなキャラ…。
女子の反感を買うとか、イラつくとか、共感できないとか、そういう次元ではない、もう人として最低!いやドラマのキャラとして、少なくとも主人公として、絶対に最低!!な部類の人物…だっていうのに、なぜか、実態としては、 “イラ”よりも“愛すべき”が勝ってしまう、享のキャラクター造形のうまさ、すごさ、ですよ。
あのセリフを、主人公に言わせるって、普通はリスクでしかないのに、なんでか、リップ塗り終わって、上目遣いで「ンパッ」まで、キメちゃうっていうのに、絶対に愛すべきキャラクター像ってのを崩さない、崩させない、享の造形のとてつもなさ!!ですよ。
ヨウコと享のその“すごさ”は、脚本や演出的なすごさももちろんあるとは思うんだけど、小池栄子さんと仲野太賀さんでしか表現できない“何か”があるはずなんだけど、それを頭でちゃんと理解させない“すごさ”…。
うん、っていうか、それって、“すごみ”ですね。とにかく、なんであろうと、ほんとに“すごい”!!