福島第一原発事故が題材のドラマということもあり、それぞれ撮影は大変だったという3人。自衛官を演じた戸塚さんと三浦さんは共通の苦労があったそうで…。

また、それぞれのパートで注目してほしいポイントを聞きました。

──肉体的にも精神的にもハードな撮影だったと思います。特に過酷だと感じたことなど、撮影で印象に残っていることはありますか?

白洲:僕はあくまで役者として演じているに過ぎず、「過酷だった」とは口が裂けても言えないです。

でも、その気持ちの一端に触れることができたのかなとも思うんです。地震が起こり、患者さんが病院に押し寄せて、最初の数日は寝ずに患者さんの対応をして、つらい選択もたくさんして。

そんな状況のなかですが、「自分たちも被災者なんだ」という感情にほんの少しだけ触れることができたかな、と。そういうつらさみたいなものを、温度感を持って演じることができたかなと思っています。

三浦:大倉は地上から福島第一原発に放水をする部隊にいるのですが、放水をする際の装備がだいたい20キロくらいあるとうかがっていまして。もちろん実際に着用しましたが、すごく重かったです。そこにマスクもして。すべての装備を身に着けて、その場にいるだけでかなり大変なことだなと感じました。

その身体的なつらさを背負って、自分がどうなるかもわからない場所に向かっていく人たちの気持ちが、僕の想像を超えてしまって。うまいこと言えないですが、「つらい」ともまた違う、言葉ではなかなか表現できない気持ちになったことを覚えています。

戸塚:放射線を遮断するために鉛のベストを着用して撮影をしました。

僕はヘリコプターから放水する部隊なので、その装備を身に着けて、ヘリコプターを操縦したのですが…あの装備は身に着けるだけで呼吸も苦しいんです。息がなかなかできないですし、視界も狭まっている状態で、身動きもあまりとれなくて。

そのなかでやるべき目的のために向かっていく(本物の自衛官の)姿は…僕にはとても耐えられるものじゃなかったです。訓練をされている方でも簡単なことではないとおっしゃっていたので、実際に体験させていただきながら撮影に臨めたのは、いい経験だったと思いますし、言葉ではない部分が作品に投影されていたらいいなと思いました。

あとは、実際の場所を提供していただいた自衛官の方々に感謝を伝えたいなと思っています。

ドラマ『3.11』は「風化させないという意味でも、たくさんの方に見ていただきたい」(戸塚純貴)

──3人がそれぞれの場所で戦う様子が描かれる本作。注目してほしいポイントはありますか?

戸塚:「ここが」ということはないのですが、このドラマは、その当時起こった真実が描かれていると思います。当時を思い出して、いろいろな気持ちになる方もいるかもしれません。でも、今だからこそ映せるものもありますし、風化させないという意味でも、たくさんの方に見ていただきたいなと思います。

白洲:僕の病院パートは被災者目線を担っていると思います。当時、原発の爆発を、遠くで花火が上がる音のように聞いていたそうで、実際に何が起こっているかわからなかったそうなんです。

東京にいる人と同じようにテレビのニュースで知る人もたくさんいて。それが個人的に衝撃でした。“目に見えないもの”や“知らないことが迫る怖さ”にも注目してほしいです。

三浦:三者三様で命に向かって、命を救うために戦った人たちの話です。これはみんな共通しているかもしれないですけど、これだけの人たちが日本のために、人の命のために戦ったということは感じてほしいですね。

あとは、当時を覚えている方々がお話をしてくださったり、場所や機材を貸してくださったり、自衛隊、自衛官の皆さんにたくさん協力していただきました。皆さんが今も日本を守ってくれていることも感じてもらえたらうれしいです。

本作に対する真摯な思いを語った白洲さん、戸塚さん、三浦さん。

東日本大震災から15年ということにかけて、「15年の変化」について聞くと「しゃべれるようになった」、「スタートラインに立てた」、「周りへの感謝が増した」と、じっくりと考えながら答えてくれました。