<螢雪次朗 コメント>
このじいさんは義理人情に厚く、町内でもお節介な存在です。何かあると「それ、俺がやるよ」と自然に声をかけるような、人付き合いのいいタイプ。酒好きで女好き、博打も好き。実は「博打が好き」という設定は、僕から監督にお願いして加えてもらいました。
義理人情に厚い反面、調子のいいところもあって、ときどき失敗してしまう。そんな、少し抜けたところも含めて、すごく愛すべきじいさんだと思っています。
この役に限らず、ほかの役でも同じことがいえると思うのですが、役者にとって中年以降のいちばん大きなテーマは、「肩の力を抜く」ということだと思っています。ただ、それが本当に恐ろしく難しい。たとえば、中華料理店のシーンなら、その店の中に自然に立っていられれば、それでいいんです。浮いていなければいい。
ところが、「芝居を持ち込もう」と意識してしまうと、途端に浮いてしまう。役者としての欲、いわば“すけべ心”を持ち込んでしまっているからなんです。
褒められたいとか、ギャラをたくさんもらいたいとか、あわよくばこの役で賞を狙おうとか、そういう気持ちは誰にでもある。でも、そうしたものを、気持ちの中から、体の中からすーっと流して、ただそこにふっと存在すればいい。
これは一生のテーマですね。僕自身も、この良三郎という役をやりながら「力を抜け」と毎回自分に言い聞かせているつもりです。でも、あとで映像を見ると「やりすぎだ」と自分の芝居に思うことも多い。つくづく奥が深いし、終わりがない世界だなと感じます。
第4話で、ロンに「じいさんは、後悔とかしたことはある?」と聞かれるんです。そこで、亡くなった息子・孝四郎の話を少しして「俺は、後悔と一緒に生きていくって決めたんだよ」というセリフがある。あれは、なかなかグッとくる言葉でしたね。
長く生きていれば、後悔なんて山ほどありますよね。むしろ、人生が長い人ほど、後悔の数も増
えていくんじゃないかと思います。「後悔なんて一つもない」と言う人がいたら、正直、少し疑ってしまいます。
誰もが何かしらの後悔を抱えながら生きている。そんななかで、良三郎のじいさんが口にする「俺は、後悔と一緒に生きていくって決めたんだ」という言葉は、この役の中でも、唯一と言っていいほど心に残るセリフだと思います。
年を重ねた人なら、きっと実感として共感できる言葉なんじゃないかなと思います。僕自身も、まさにその通りだと感じました。
後悔はたくさんありますが、やはり一番大きいのは母のことですね。子どものころ、貧しかったんだよね。貧しい家でいちばん苦労するのは、やはり母親。子どもが2人いて、借金に、狭い長屋暮らし。そこへ借金取りが毎日のようにやって来て、なかなか帰らない。そんな光景を、僕は実際に子どものころから見ていました。
それなのに、僕は自分のわがままで、さらに母を困らせていた。そのことを、この年になってよく思い出します。あのとき、母はどれほどつらかっただろう。苦しい母の気持ちを、なぜ少しでもわかってあげられなかったのか。
何か食べたい、お小遣いがほしい、どこかに連れて行ってほしい。今思えば、本当に些細なことですが、子どもにとっては当たり前のわがままですよね。でも母は、叶えてやりたくても、貧しくてできなかった。今になって、その重さを痛いほど感じています。
家では、シェフは妻なんです。十代のころから料理の先生について、きちんと学んできた人で、身内が言うのも何ですが、本当に料理がうまい。そこは素直に「すごいな」と思っています。僕の役割は、もっぱら下準備。お米を研いだり、麺をゆでたり、野菜を洗ったり皮をむいたり、あとは食器洗いまで、だいたい僕の担当です。完全に、妻のアシスタントですね(笑)。
この作品は、中華街を舞台にした青春ドラマであり、同時に家族の物語でもあり、友情の物語でもあります。さらにいえば、隣人を思いやるという、広い意味での義理と人情も描かれていて、とても素敵なドラマだと思っています。
これはあくまで僕の持論ですが、映画でも舞台でもテレビドラマでも、「名作」と呼ばれる作品には、出演者の年齢の幅が広いものが多いと、昔から感じているんです。その点でいっても、この作品は、出演者の年齢の幅が本当に広い。そういう意味でも、名作の条件を満たしていると、僕は勝手に思っています。ぜひ応援していただいて、家族そろって見ていただきたいドラマです。
