――稽古の手ごたえを聞かせてください。

わからないです。本当にわからないです(苦笑)。明確なストーリーがあって進んでいくというより、最期の作品に臨む小田の妄想の中で彼の人生を描いているので、お客さまがどういうふうに感じるのだろうと皆、手探りの状態です。だから、手ごたえがないんです。

どこかで見得を切った芝居をするわけではありませんし、ここで泣いてもらいますとか笑ってもらいますというものではないので、全員が苦戦しているんじゃないでしょうか。

でも、トータルで観ていただくと、芸術家が最期に抱える苦悩が描かれていて、実はその中にノンフィクションも含まれている。

小津先生は墓石に「無」という文字を刻まれましたが、人間は枯渇していることによっていろいろなものを吸収し、「無」は無いからこそ、つめ込むことができる。だから、自分は存在しているという思いを持っていたのでは…と今回の脚本から感じました。

昭和を生きた人たちの“粋”を感じとってほしい

――今回は中井さんのほか、芳根京子さんや宝塚歌劇団出身の柚希礼音さん、キムラ緑子さんなど幅広い世代が出演します。座組についてどのような思いがありますか?

ものすごく変な言い方になってしまいますが、僕はずっと「役者ってなんぼのもんじゃ」と思っているんです。表舞台に出ているのは役者ですが、映画であってもドラマであっても、録音部、撮影部などと同じように、僕たちはあくまでも役者部の一人。

「どうして役者だけ偉そうな感じを出しているのだろう?」という疑問があって、それは父に教えてもらったわけでもないのですが、舞台に立ってしまえば、年上も年下も関係ない。

だから、昔から大先輩とご一緒しても萎縮することはなかったですし、年下の方と共演しても常に対等だと思っています。「すごいな、僕の引き出しにはないこんなことができるんだ」と現場で驚き、自宅に帰って真似をしてみることもあり、後輩から沢山のことを学んでいます。なので、年齢差などは考えたことがありませんね。

――中井さんが観客の皆さんに伝えたいのはどのようなことですか?

この作品から皆さんに役立つ何かをお伝えできるかどうか自分ではわかりませんが、現代はエンターテインメントの世界に限らず、社会全体に余裕がなくなってきていると感じているんです。効率優先で考えれば、ギスギスするのはわかっているのに、そこに進まざるを得ないみたいな。

『先生の背中』で描かれるのは昭和の時代の話ですが、今、至るところで昭和の話を聞きますし、負の遺産もたくさんあるけれど、僕は昭和に生まれて本当によかったと思っています。

 “昭和”という「時代」は実にアナログで、人間っぽいと思っていて。いいことばかりじゃない、悪いこともあったし、失敗もしたけれど、「なんか面白かったね」といえるものがこの作品には含まれていると思います。

神格化されている小津監督でも、何を感じ、考えていたのか。女性に振り回されたりする人間味らしさや“粋”を、ちょっとでも感じていただけるように演じられたらと思います。

撮影:河井彩美
ヘアメイク:藤井俊二

<公演概要>

パルコ・プロデュース 2025『先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~』

作:鈴木聡
演出:行定勲

出演:中井貴一/芳根京子、柚希礼音、土居志央梨、藤谷理子、久保酎吉、松永玲子、山中崇史、永島敬三、坂本慶介、長友郁真、長村航希、湯川ひな/升毅、キムラ緑子 

【東京公演】6月8日(日)~29日(日)PARCO劇場
【大阪公演】7月5日(土)~7日(月)森ノ宮ピロティホール
【福岡公演】7月11日(金)・12日(土)J:COM北九州芸術劇場 大ホール
【熊本公演】7月15日(火)市民会館シアーズホーム 夢ホール
【愛知公演】7月19日(土)・20日(日)東海市芸術劇場 大ホール