『再生のウズメ』は、元子役で、28歳まで劇団で舞台俳優を志していた主人公・田村ウズメ(イモトアヤコ)が、ある出来事をきっかけに、12年間引きこもりに。そんななか、「便利屋救ちゃん」の代表・興梠(白洲迅)と出会ったことで、人生を少しずつ再生していく物語です。
<試写室>『再生のウズメ』第4話
いやー、労働における疲労の半分は、通勤電車ですよね(急に)?
労働における疲労の7割…いや、9割は、満員電車による疲労!といっても過言ではないですよね? ね(誰に!?)、ねぇ、そうですよね?世の通勤ラッシュワーカーのみなさん、ねぇ!?
いや、私事で大変恐縮なんですが、わけあって最近、通勤ラッシュというものから何十年も縁遠かった私が、いろいろあって、THE通勤ラッシュの時間帯にお勤めに出なければならない生活となりまして…。
そんな私が今朝、ギューギューの満員電車の中で、ふと思ったわけです。
「労働における疲労の9割は、通勤電車の、この環境だな…」
と、物思いにふけった次の瞬間、今週の『再生のウズメ』第4話の冒頭ですよ!!!
「ウズメ、ようやく通勤に電車が使えるようになる…んだけど、ストレスでいっぱい」という、エピソードが今回、冒頭でウィットに描かれるわけですが、これがもう、わかる!!わかりみが深すぎる!!
ってなもんで、今回の「試写室」の今に至るというわけでございます…。
おっと、今回もまたしても、今作にさして関係ない話題で一人で大盛り上がりしてしまったわけですが、とはいえ、だけど、これって物語における“共感”を考えるうえで、重要な事象ではないか(また急になんだよ)。
そもそも、物語への“共感”とは、自分自身の経験や、日々の生活とどれだけ重ね合わせられるかによって、大きく変わってくるもの。
きっと、通勤ラッシュというものを忘れかけていた少し前の僕であれば、引きこもりだったウズメが、ようやく電車で通勤できるようになった。けれど、そこにはストレスも伴う…という今回の描写に対して、もちろん共感はしたでしょう。
だけど、感想としては、ただただ「ウズメも、少しずつ社会に出られるようになったんだなぁ。成長したなぁ、ほほえましいなぁ…」という、どこかノンキなものにとどまっていたはず。
だけどだけど、満員電車というその最前線に、今まさに身を置いているのが僕!!である(偉そうにすな)。
もはや、ほほえましい、などという感想では済まされないではないか。
いや、そもそも、これはウズメが引きこもりだったからこそ、誰よりも強く感じるストレスなのだろうか?いや違う。
人間、どんな行為にも、少なからずストレスは伴うものだ。引きこもっていたウズメだから、電車に乗ることが特別につらいのではない。もちろん、彼女にとっては大きな一歩であり、だからこその戸惑いや疲労もある。
けれど、「満員電車での通勤」というミッションは、引きこもってもいない僕にとっても、とんでもないストレスであり、疲労なのである。
人間、生きるだけで、仕事場へ移動するという、たったそれだけの行為ですら、こんなにもストレスを感じ、こんなにも疲弊する。
そう考えると、ウズメが電車で通勤できるようになったことを、ただ「社会復帰への一歩」として眺めるだけでは、もったいない。
彼女が感じているストレスは、決して、彼女だけのものではない。
そうだ!!!
『再生のウズメ』は、引きこもりからの再生を描くドラマではある。けれど、それは、引きこもっていない側の人間が、安全な場所から「引きこもりの人も大変なんだなぁ」と眺めるだけのドラマではないのだ。
ウズメという、かつて引きこもっていた女性の姿を通して、私たちが日々当たり前のように繰り返している行為や、見過ごしてしまいがちな感情を、改めて見つめ直す。
自分にとっては何でもないことが、誰かにとっては大きな壁になる。そして、自分が当たり前にこなしているつもりのことだって、実は相応のストレスを抱えながら、どうにかこうにか乗り越えているのだ。
そんな、自分自身の生活にもつながる発見を、ウズメから改めて教わっているのだ!!
『再生のウズメ』は、引きこもりの女性が社会に出ていく姿を描くだけではなく、彼女の歩みを通して、私たち自身の生き方や、日々の暮らしに潜むストレスまでも見つめ直させてくれるドラマなのだ。
ああ、なんともかけがえのない人間ドラマではないか!!
