【進藤一生 基本プロフィール】
生年月日:1966年8月31日生まれ
職業:救命医
都立第三病院救命救急センター(第1シリーズ)→ 杉並東病院(第1シリーズ最終回)→ 港北医大救命救急センター外科医(第2シリーズ)→ 国際人道支援医師団(第3シリーズ)→ 海南医大高度救命救急センター救命医→ 長崎津辻総合病院
孤高の存在ながら、第1シリーズで描かれた、長く意識が戻らない妻・早紀を献身的に支える姿も印象的。その後のシリーズでも、妻に言及するシーンが出てくる。
【小島楓 基本プロフィール】
生年月日:1974年1月5日生まれ
職業:救命医
都立第三病院救命救急センター研修医/救命医(第1シリーズ)→東都中央病院高度救命救急センター救命医(第3シリーズ)→ 清和第一病院高度救命救急センター救命医(緊急スペシャル 救命病棟24時〜救命医・小島楓〜)→ 海南医大高度救命救急センター救命医/医局長(第4シリーズ)→ 国立湊大学附属病院救命救急センター医局長(第5シリーズ)→ 都立第3病院救命救急センター副センター長(第6シリーズ)
進藤の厳しい指導にも果敢に立ち向かっていくほど、負けん気が強い。婚約者や甥という近しい人を目の前で亡くし、何度も救命医を辞めようとするも、そのたびに立ち直り、今も命と向き合っている。
第1シリーズで進藤は、すでに高い技術を持つ救命医。一方の小島は、救命救急センターにやってきたばかりの研修医でした。
当然、最初から息ぴったりだったわけではありません。進藤から厳しい言葉を浴びせられ、小島が反発するところから2人の関係は始まりました。
それがシリーズを重ねるうちに、指導医と研修医から、1人の医師と医師へ。進藤と小島は、どのように信頼関係を築いてきたのでしょうか。
第1シリーズ/始まりは最悪?新人・小島(松嶋菜々子)に容赦のない進藤(江口洋介)
2人が出会ったのは、1999年放送の第1シリーズ。都立第三病院救命救急センターに研修医としてやってきた小島は、進藤から厳しい指導を受けることに。
救命医として圧倒的な技術を持ち、患者を助けるためなら妥協しない進藤の指導はかなり辛辣でした。
小島に対して「邪魔だ」「自信がないなら医者なんてすぐ辞めろ」といった厳しい言葉を投げかける場面もあります。
それでも小島は逃げ出さず、進藤に反発。ときには落ち込みながらも、救命医療の現場に食らいついていきます。
そんななか、小島は、手首を切って自殺未遂をはかった学生時代の同級生の処置を担当。その後、不安になり彼女のアパートを訪ねると、再び手首を切り意識を失っているところを発見。小島はパニックになり進藤に電話すると「お前は医者だろ」と一喝されます。
この言葉が小島を奮い立たせ、同級生の命を救うことにつながりました。
ほかにも、進藤は多くは語らず、命を救う姿、患者やその家族との向き合い方を小島に見せます。小島はその背中を見て学び、やがて2人の間に信頼関係が芽生えていきました。
第3シリーズ/大震災の中で再会!進藤(江口洋介)と小島(松嶋菜々子)の関係性の変化
2001年放送の第2シリーズで、進藤は港北医大救命救急センターへ。ここで、新たな研修医の指導医となり、新たな救命チームで患者と向き合っていました。
そして、2005年に放送された第3シリーズ。進藤は、国際人道支援医師団で活動し、小島は東都中央病院高度救命救急センターで働く救命医に成長。
進藤がアフリカから一時帰国した際に偶然、小島と再会しました。
そんな2人を大地震が襲いました。倒壊する建物、寸断される交通網、途絶える通信。病院も被災し、医療資源が限られるなか、次々と負傷者が運び込まれてきます。
ここでの進藤と小島は、第1シリーズとは明らかに違います。進藤がすべてを判断し、そこに小島がただ従うのではなく、小島自身も救命医として患者と向き合っています。
そのなかで、被災した小島の婚約者・加賀裕樹(石黒賢)が重症ながら、自力で小島のもとへやってきます。処置をし、一時は回復。しかし、急変して亡くなってしまいました。
気丈に振る舞いながらも憔悴する小島。進藤のすすめもあり、病院から離れ、遺体とともに彼の実家のある岡山へ向かいます。
葬儀後、完全に気力をなくした小島。そんな彼女を気づかい、進藤が「俺も妻が亡くなったとき、何もできなかった」と自身の経験を語り、励まします。
やがて、救命医であることの誇りを思い出した小島は、東都中央病院へ戻り、再び救命医として歩み始めました。
極限状態のなかで、2人が同じ「救命医」として現場に立てるようになるまでの医師としての成長や、悲しみに暮れる小島に進藤が寄り添う人としての関係性の変化が印象的に描かれたシリーズでした。
