2月から3月にかけて全5回開催されたワークショップには、毎回50人から60人ほどが集まり、その約半数は県外から来る人だといいます。
「ある意味楽しみっていえば楽しみ」“悲しみ”だけではなく…
佐藤和隆さん:
よく「今年使ったのを来年も使ったら」っていう人もいるんだけど、それでは意味がないんですよ。毎週行うワークショップがなくなると、関わる人が少なくなる。いろんな人に10分でも20分でも関わってもらうことが大切だと思うんです。
「大川小学校の追悼行事で使う竹を自分も少し手伝ったよ」っていう人は、竹あかりにも関心が芽生えるし、3月11日という日に忘れかけていた気持ちを思い出すからね。
佐藤和隆さん:
来てくれる人には感謝しかないよね。もし災害が起きて、自分がそこに新幹線とかで行ってみようとかならないから、はるかに俺なんかよりも志の高い人たちが参加してくれてるんだなっていうのは分かりますよ。せっかくの休みにさ、ありがたいよね。
それに、ここには変な人って来ないんですね。やっぱりそれなりの意識がある人しか来ない。
だから、みんなと一緒に何かやっていきたいというか、そういう気持ちかな。
あの日、多くの子どもたちの命が失われた大川小学校。
そこは、3月11日に毎年500から600人の人々が集まり、“年々訪れる人が増える場所”となっているといいます。
佐藤和隆さん:
ある意味楽しみっていえば楽しみ。1年ぶりにここで話したり。これがなければ、いろんな人と接する機会がなくなる。
うちの息子は小学校6年生で亡くなったけど、その息子が生きた年数よりも過ぎているんだもん。12年しか生きなかったんだけど、あっという間だよね…。
それを、我々もいろいろとお話しすることで癒されるっていうか。つらい、悲しいだけじゃなく、人との出会いもありがたいなって。
そして迎えた、2026年3月11日。
今日もまた、大川小学校で竹あかりが灯されました。
あっという間だったという、この15年。
あの日のことを語り続けてきた佐藤さんは、亡き息子・雄樹さんへ届けたい思いを明かしてくれました。
佐藤和隆さん:
いつも思うんだけど、助けられなくてごめんっていうことと、天国で元気にねっていつも祈ってるんですよ。
雄樹さんがかけてくれそうな言葉を思い浮かべると、笑顔を見せた佐藤さん。
佐藤和隆さん:
何やってんのって言うだろうね。ずいぶん真面目になったねって言うんじゃない(笑)
