2011年3月11日に東日本大震災が発生し、武田さんは約5ヵ月の避難所生活を経て、仮設住宅に移りました。
そこで、たまたま目に留まったものが『おのくん』誕生のきっかけとなります。
「何もすることがない」仮設住宅での出来事がきっかけに
2011年3月11日、東日本大震災が発生。
自宅にいた武田さんは大きな揺れを感じ、山の方へ避難します。
命は助かったものの自宅は津波に流され、避難所での生活を余儀なくされました。
120人ほどが集まった避難所での生活は、山の上にあることから支援物資が届きにくかったといいます。そのため、自分たちで3食分のご飯を作って、生活していました。
その避難所で約5ヵ月ほど生活した後、2011年8月に武田さんは仮設住宅に移りました。
部屋は狭かったものの、当時「ようやくプライバシーが守られる」と喜びも感じていたといいます。
それから仮設住宅のある集会所に住民たちが集まり、お茶を飲んで交流するように。
そこで話す人たちに共通していたのは、“何もすることがない”状況に対しての息苦しさでした。
武田文子さん:
今まで畑仕事とかをやっていたのがなくなったでしょ。仮設住宅の中に閉じ込められて、もう息が詰まりそうだったのよ。何かしていないと精神的に落ち着かない。おうちも何も全部なくなったから夢も希望もないのね。それで皆さんが「やることはないか」って言って。
頭を悩ませていた中で、仮設住宅で暮らすあるお子さんに届いたものが目に留まりました。
武田文子さん:
埼玉県にある釣り具屋さんの専務さんが、趣味で“ソックモンキー”を作ってたのよ。それが一緒に仮設に住んでいた子どもさんたちに送られてきたの。
それで「これ作れるんじゃないの?支援物資で靴下いっぱいあるし。どこも作ってないよね」って。
すぐその人に電話して「すみません。指導に来てください」ってお願いして、仮設住宅に住む20~30人くらいが集まって指導してもらったんです。それから始まったの。
たまたま目にした“ソックモンキー”がきっかけで誕生したのが『おのくん』。
このぬいぐるみが多くの人に知れ渡るのは、被災地を訪れたボランティアの人が、仮設住宅で『おのくん』を見つけたのがきっかけでした。
武田文子さん:
お母さんたちもお金とかそういうの関係なく、ただ作ってたら、集会所だからボランティアさんたちがいっぱい来るでしょ。それで来た人たちがみんな「これ買ってって、宣伝するわ」って宣伝してくれて。だから最初広まったのは、地元ではなくて県外の人たちなんですよ。
そうして少しずつ知名度が上がり、『おのくん』に会うために武田さんたちのもとへ訪れる人が増えていきました。
さらに『おのくん』を買って“里親”として引き取った人からさらに口コミが広がり、全国各地で愛される存在へと変化していきます。
しかし、愛されるようになったワケは『おのくん』以外にもありました。
