アンナさんと一緒に乳がんに向き合ってきたのが、娘の百々果さん。
一時帰国していましたが、取材の翌日に再びアメリカへと飛び立ちます。
「寂しいけど帰らなきゃいけない」離れる娘への思い
――娘の百々果さんがアメリカへ旅立ちますが、いまの心境を教えてください。
アンナ:
寂しいんですよね。寂しいけど帰らなきゃいけないから。
治療が始まって、いつまで治療が続くのかも分からなかったけど、私が心配で帰ってきて、治療が一段落したけど、なかなかちょっと大変で1年半ぐらい日本にいたんですけど、明日帰ることになって送りに行くんですよ。
本当は、日本で見送る形にしたかったんですけど、百々果は犬が大好きで一緒に連れて行きたくて、犬を連れて行く作業が大変なので、私も一緒に行きます。私は、アメリカに6日間滞在予定です。
――がん判明後、百々果さんと一緒に生活した日々を振り返っていかがですか?
アンナ:
百々果が、治療中の私は「人生で一番怒らなかった」と言っていました。
普通だったら怒ることも(がんになってからは)怒らなくて、「うん。いいよ。いいよ。もも大丈夫」とか言っていたみたいです。
怒っちゃいけないモード、怒ったらバチが当たると思いました。いい人、優しい雰囲気になるんですよ(笑)
「怒る元気がないの?」ってよく百々果に言われたんですけど、そういうことではなくて、人の争い事とかが強烈に嫌になるんです。いつもだったら百々果と取っ組み合いになってたんですけど、「どうしたの?」っていうぐらい人が変わりました。
「百々果がいたから治療が出来た」治療を決意させた娘の存在
――アンナさんにとって、娘の百々果さんはどんな存在ですか?
アンナ:
幼い時から親子っていうよりも、きょうだいみたいにやってきているので、私もお母さんっていう感じがあまりなくて、親子っていう感覚ではないんですよね。
でも、「がんです」って言われた時の百々果の動揺ぶりが「そんなに私の存在感があったんだ」っていうぐらいすごかったんですよ。もう泣いて泣いて泣いて。
(父・辰夫さんを見てきて)私は治療が大変なのも知っているし、抗がん剤がどんなものかっていうのも少し知っていたから、正直言うと1人だったら、治療をしなかったかも。家族がいなかったらしなかったかもしれないです。
でも、百々果が当時22歳で母親をなくすって、私には経験がないし「治さなきゃいけないよね」って思いましたし、百々果がいたから治療が出来た、百々果がいなかったら正直なところ「いいかな」って思っちゃったんですよね。やっぱり治療が苦しいので...。
「治さなきゃいけない」
アンナさんの背中を後押ししてくれたのは、きょうだいのような存在だという娘の百々果さん。
アメリカに戻ると、しばらくは帰国が出来ず、しばしのお別れとなります。
そんな百々果さんへの思いを、改めて語ってくれました。
アンナ:
一番最初に「なんだか胸がおかしいんだよ」言ったのも百々果で、「すぐ病院を予約して!」って言われたのも百々果でした。
「治療が終わるまで私は帰らない」って言っていて...。
百々果は、私が結婚する時も「ママが幸せならいいんだよ」って言ってくれて、いろいろ病院の送り迎えもしてくれましたし、話し相手にもなってくれたし、抗がん剤やってる時も、手を繋いで一緒にいましたし、そこは本当に感謝ですよね。
撮影:河井彩美
