2024年8月、乳がんのステージ3aと診断されたことを公表した梅宮アンナさん。
その後、右胸の全摘手術や抗がん剤治療、放射線治療などを乗り越え、現在もがん闘病を続けています。
そうした自身の闘病経験を生かし、アンナさんは、全摘手術時からの念願だった「乳がん患者向けインナー」をアデランスと共同開発。
先日、都内で発売に伴う発表会が行われました。
めざましmediaはイベント後、アンナさんと夫でアートディレクターの世継恭規さん(60)の2人にインタビュー。
アンナさんが今感じている、がん闘病の発信活動を続ける中で生まれた葛藤とは。
また「家では泣いている」「医学書に付箋を付けて読んでいる」など、去年5月の“出会って10日婚”以降、夫の世継さんだからこそ知る“自宅でのアンナさん”を明かしてくれました。
さらに、アンナさんの闘病に合わせて帰国し同居していた娘の百々果さんが、いよいよアメリカへ戻ることに。
「百々果がいたから治療が出来た」と、闘病の日々を一緒に過ごした百々果さんへの思いを聞きました。
梅宮アンナ 傷口の痛みを経験し片胸用インナーを共同開発
全摘手術で、右胸部分を23センチ切ったというアンナさん。
今回発表された、乳がん患者に寄り添うインナーの開発は、「傷口に下着の生地があたってとにかく痛い」という自身の経験がきっかけになったと言います。
手術後の感じ方を、改めて振り返ってもらうと…
――右胸の全摘出手術をされた時のお体を振り返っていかがですか?
アンナ:
傷口は 2、3週間ぐらいは見れませんでした。
「あんな感じなんだろうな」って傷口を想像して、どうしたら傷が綺麗になっていくのかなって考えて、ひたすらお風呂に入りました。お風呂に入って、水圧ですごい助けられるんですよ。なので、1日 2、3回お風呂に入ると傷口も結構早く治っていくのも体感しましたし、楽になるんです。
自分でも努力しなきゃいけなくて、いろいろストレッチとかを自分でしなきゃいけないから、それはそれで大変でした。
去年2025年の3月から放射線治療が始まるんですけど、その前までに「手を上げてくれ」って言われるんですけど、私は手術した後で、まあまあ痛かったです。
とにかく、手が上がらないんです。壁に向かって手を上げていくリハビリがあるんですけど泣きながらやっていました。
また放射線治療の後には、のたうち回るほどの強烈な痛みに襲われたと話します。
アンナ:
去年4月に放射線治療が終わって、その影響が出てくる2週間後の4月の後半に、人生で一番叩きのめされた時期がありまして。もう本当に痛みが強烈でのたうち回る感じでした。
夫・世継恭規が明かす「医学書に付箋を付けて...」真摯に向き合う姿
こうした治療による激しい痛みと向き合いながらも、一方でがんセミナーへの登壇や、今回の乳がん患者向けのインナー開発など、がん闘病に関する活動を続けてきたアンナさん。
そんなアンナさんをそばで見続けてきたのが、去年5月にアンナさんとの“出会って10日婚”で注目を浴びた、夫でアートディレクターの世継恭規さんです。
結婚から約8ヵ月。アンナさんの闘病と活動をそばで見守ってきた世継さんが、アンナさんの“自宅での姿”を明かしてくれました。
――出会ってから現在までのアンナさんを、世継さんはそばで見ていてどう感じていますか?
世継:
すごいと思うんですよ。皆さんのいる前だから強がってるようなことは言ってるとは思うんですけど、実際は(自宅で)「痛い痛い」と言っているし、朝起きると憂鬱な感じもありますし…。
そんな中でも毎朝、絶対遅刻はしないし、人の悪口も一切言わないしですし。
家では泣いてるけど、(外に出ると)ニコッと「おはようございます!」ってやっている姿を見ると、これは僕にはできないな…と思います。
(がんセミナーの)現場に行くと、有名ながんの先生と肩を並べて話すわけじゃないですか。でも本人は(がんの専門家ではなく)普通の人生を歩んできた人だから、突然そんな現場に出ることは正義感しかない。
大きなイベント会場で登壇がある1ヵ月ぐらい前に医学書を渡されて、付箋を付けて「ここ読まなきゃ」って読んでいるんです。
自分に求められているところは医学的な解説などではないっていうのは分かっているんですけど、話を振られた時には覚えとかないとって読んでいて、本当によくやるなと思います。
アンナ:
ちょっと難しくなってきて、医者が勉強する領域も、徐々に求められてきていて…。
例えば遺伝子検査があるんですけど、がんの進行が進みすぎちゃうと検査が出来ないこともあるとか、そういうこともやっぱり、登壇するということは、話をすることなので、勉強して行かなきゃいけないとは思っています。
実は、今日の朝、ちょっとメソメソしていて…「こんなはずじゃなかった」って言っていたんですけど…
自分と同じようながんサバイバーの人たちを勇気づけようと思って始めましたけど、結構(内容が)ディープになってきて、大きいホールで話すプレッシャーが、自分で自分を支えられなくなっちゃう時もありまして。落ち込んで帰って来て、ふてくされちゃったり、そういうことはよくあります(笑)
世継:
よくやるなと思います。だってまだ治療中ですよ?ずっと横にいるから分かるけど、普通できない。
それで1時間も話すって難しいことだと思うし、本当に尊敬します。
乳がんとの闘病と、同じ悩みを持つ誰かの力になるための活動。
その裏で向き合う“求められる”ことへの葛藤…共に生活を送る世継さんだからこそ感じる、アンナさんへの特別な思いがありました。
そしてもう1人、アンナさんの乳がん闘病生活を共に過ごしてきたのは、娘の百々果さんです。
アメリカから一時帰国していましたが、再びアメリカへと飛び立つことに。
「百々果がいたから治療が出来た」
一緒に過ごした日々を振り返り思いを語ってくれました。
