──印象的な事件を描く今回の作品に出演することになった時の心境を改めて聞かせてください。
とても印象に残っている事件の一つなので、どこかその影が自分の中にも残っているといいますか…「地下鉄サリン事件っていったい何だったんだろう」と、考えてしまうような事件でした。
その事件をベースにしたドラマに参加させていただけることは、役者としてとてもありがたい…というのはちょっと違いますね。うまく言えないのですが、すごく大きなことだなと感じています。
──剣木は、実在する医師がモデルです。どのような準備をされて撮影に臨みましたか?
とにかく資料としていただいた映像を何度も見ました。ただ、当時の映像にはあまり医療に関するものがなくて。ですから、ニュース映像の後ろに映っている患者さんをストレッチャーで運ぶシーンなどから、どんな動きをしているのか、どんな声掛けをしているのかを必死につかんだ感じです。
まだ状況がよくわかっていない時、原因がサリンだとわかったあとの映像、いろいろなバージョンの資料をいただいたので、役はそこから組み立てていきました。
あとは、撮影現場にいらしていた医療監修の先生に「この場合はどういう動きをするんでしょうか?」と、とにかく質問をたくさんしていましたね。
津田健次郎「フィクションとはいえ、一つひとつの言動に嘘があってはいけない」

──特に大変だったのはどんなことですか?
医療用語が難しかったですね。単純に覚えにくかったですし、緊急事態が続くなか医療行為をしながら会話をするというのが大変でした。
──実在の人物を演じる難しさはありましたか?
あくまでも“モデル”なので、役を演じるうえでは普段と大きく変わることはなかったと思います。
ただ、「この時、先生はこうおっしゃってました」というお話をスタッフさんからうかがって、参考にさせていただきました。フィクションだからとはいえ、一つひとつの言動に嘘があってはいけないですから。実在の事件をベースにしているので、医療的な部分は丁寧に表現していけたらと思い演じました。
──剣木はベテラン医師ですから、冷静さも求められそうですね。
そうですね。そもそも救急の医師なので、突発的なことには慣れていますし、リーダー的な方ですから、基本的には冷静なんです。
でも、誰も経験したことがない事件ですから、情報もなくて、もちろん混乱もするわけで。そういったなか、周りを引っ張る必要もあるので、冷静さと混乱のバランスは演じながら、監督に判断をお願いしていました。
──30年前というのは “昔”とは言い切れない絶妙な時代だと思うのですが、時代感を出すために工夫したことがあれば、聞かせてください。
脚本を見ていて「なるほど」と思ったのは「婦長」という言葉で、当時はまだ「看護婦」と呼ばれていたんですよね。そこにすごく時代を感じました。
あとは、衣装合わせの時に知ったのですが、当時の救急医の方ってシャツにネクタイをして処置をしていたそうで。スクラブを着ているイメージだったので、驚きました。
他にも、当時はちょうどWindows95が出始めた頃で、まだネットを有効活用できていない時代なんだよなということも、演じながら感じました。そういう細かい部分に、時代を感じていただけると思います。
──30年経った今、本作に出演したことでこの事件から学びたいこと、伝えたいことはありますか?
改めて地下鉄サリン事件に触れて…またすごく考えてしまっています。事件が起きるに至った社会自体が抱えている問題の根源は何なんだろうか、とか。30年経った今、その問題は解消されたのか、とか。
僕自身、あの時代を生きていたので、当時の、バブルが弾けたばかりの日本の虚無感みたいなものを抱えていて。それはいまだに根深く残っている気もしています。
そういうなかで、ドラマとして形にして世の中に投げかけていくことは、大きな意義があると思っています。30年経っているので事件自体を知らない若い方も多くいますし、事件を知っている方にもその裏で命を懸けて動いていた人がいたことを知っていただけたら。ドラマを見て、「あの事件はいったい何だったんだろう」と一緒に考えていただけたらうれしいです。

撮影:河井彩美