ファン・ゴッホが亡くなる直前に描いた絵画など、アメリカに受け継がれたヨーロッパ近代美術の傑作80点以上が日本初公開される『シンシナティ美術館~アメリカに渡ったヨーロッパの至宝~』が上野の森美術館で開催中です。早速、行ってきました。
シンシナティ美術館は、「自分たちの街に本物の文化を根づかせたい」と願う市民が資金を持ち寄って作られ、創立から145年の間にコレクションは73,000点にまで増えています。今回、来日した作品の多くは地元の女性収集家が寄贈したもので、84点のうち、なんと81点が日本初公開です!
ファン・ゴッホ絶筆直前の「静けさ」から修復が生んだ偽造の発見まで
美術館の外壁や、図録の表紙にも使われているのが、ファン・ゴッホの『ポプラ林の中の二人』です。ファン・ゴッホが亡くなったのは1890年7月で、この作品はその直前に描かれました。
ファン・ゴッホは弟・テオへの手紙の中で「紫色のポプラの幹が柱のように風景を縦に遮っている」と記していますが、確かに林を散策する二人の人物よりも、ど~んと目立っているのがキャンパスの真ん中に太く描かれた木の幹です。
筆者個人としては、晩年のファン・ゴッホの作品にしては色彩が白、黄色、紫と抑えめで、静かな雰囲気だという印象を受けました。
ファン・ゴッホの作品はもう1点、1884年に描かれた『農婦の頭部』も展示されています。こちらは、地方の労働者階級を描くことに関心があった初期の作品で、「低い額と厚い唇のある荒々しく平面的な顔」に焦点を当てたのだそう。初期と晩年の作品を見比べると、色使いや筆致の違いがわかって面白いですね。
ヨーロッパといえば、印象派は外せません。クロード・モネの作品の舞台は、フランス北西部ブルターニュ地方にある島、ベリール(Belle-île)です。フランス語を直訳すると「美しい島」という意味で、モネは荒々しい火山岩と海の景色に魅せられ、当初2週間の予定だった滞在を延ばし、2ヵ月過ごしました。
モネはのちに、同じ場所やテーマを、光や自然の表情を変えて何枚も描く連作で知られるようになります。この島でも、滞在中に約40点の作品を残したそうです。オレンジがかった夕暮れの色合いは、どこか『印象・日の出』にも通じるように感じました。
モネと交友のあったアルフレッド・シスレーの作品では、水色が際立っています。彼は生涯、ほぼ一貫して風景画ばかりを手がけ、空から描き始めることを好んだそうです。透き通るように明るい水色の空と、鮮やかなブルーの川の組み合わせが、心を晴れやかにしてくれる気がします。
モネたちと同じく印象派展の中心メンバーだったエドガー・ドガの、踊り子の彫刻にも出会えます。バレエの基本である第4ポジションで、すくっと伸びた脚がとても力強い作品です。
同じダンサーを描いた作品でも、二人のダンサーを並べて描いているのが、スイスのフェルディナント・ホドラーの作品です。縦2メートル、横1.8メートルという巨大なもので、一つの画面の中で対称性(シンメトリー)を強調する「パラレリズム」(平行主義)を追求しています。
二人は同じノースリーブの青いドレスを着ていますが、左右別々の方向を見ており、髪の色、顔の表情、腕の位置や手の向きなども微妙に違います。
ミラレスの『休息』のサインが偽装された理由は?
また、この展覧会がきっかけで、作者名が偽られていたことが発覚した作品もあります。1921年に美術館に収蔵されて以来、ベルギーのアルフレッド・ステヴァンスの作品と考えられていた『休息』です。
展覧会の準備として洗浄と修復を行ったところ、ミラレスという実際の画家のサインが見つかりました。二人の画風が似ていたため、当時の所有者や画商が、より高値がつくようにと、そのときに人気の高かったステヴァンスのサインを偽造したのだそうです。この展覧会がなければ、永遠に発覚しなかったかもしれません。
この展覧会には、ここで紹介した作品以外にも、ルノワール、ピカソ、シャガールなど珠玉のコレクションが84点そろっています。ぜひ、ご自分の気になる作品を見つけて楽しんでください。
