1月17日(土)、『この瞬間(とき)に祈る』が放送されます。
2000年生まれのディレクターが考える「番組をつなぐ意義」
1995年1月17日、未曾有の被害をもたらした、阪神・淡路大震災。
あの日から、間もなく31年となる今年も、カンテレは『この瞬間(とき)に祈る』を放送。
震災翌年の1996年からタイトルを変えることなく、発災時刻の午前5時46分に合わせて放送を続けてきた本番組。震災の記憶と教訓を後世に伝えるため、被災者の歩みを追った特集や、被災各地で祈りをささげる人々の姿を生中継で伝え、追悼の時間を共有してきました。
今回は
「鷹取地区(神戸市長田区)」
「森南地区(神戸市東灘区)」
「西宮市立高木小学校」
「東遊園地(神戸市中央区)」
から中継を結び、その姿を届けます。
鷹取地区(神戸市長田区)
地震後、火災が多発し、倒壊した建物によって道がふさがれ、消火活動が間に合わず、地区のほとんどが焼失。震災の翌年から、慰霊祭が続けられています。
慰霊祭を続ける自治会長は「“心の復興”というのは、災害に遭われた方にとってそう簡単なことではありません。だからこそ、こういう集まりが非常に大事だと思います」と語ります。
森南地区(神戸市東灘区)
森南地区は、建物の8割が倒壊するなど甚大な被害を受けました。震災から20年が経過したタイミングで「慰霊祭」は行われなくなりましたが、慰霊碑のある公園に人々が集まり、追悼が続けられています。
西宮・高木小学校
震災で本学校に通う児童5人が亡くなりました。校内には、亡くなった方々の冥福を祈る気持ちやこどもたちに強く生きてほしいとの願いが込められた「復興の鐘」が震災の半年後に設置され、その後毎年有志の児童たちによって鐘が鳴らされています。
番組では、震災で亡くなった児童の兄・津高智博さんの思いとともに祈りの時間を伝えます。
東遊園地(神戸市中央区)
神戸市の中心に位置する東遊園地。毎年、多くの人が集まって追悼や復興を祈念する場となっており「慰霊と復興のモニュメント」には、震災犠牲者の名前が刻まれた銘板が設置されています。
番組では、ろうそくの明かりのもと、追悼の祈りがささげられる様子を中継します。
番組は、地震で傷ついた各地でささげられる「祈り」を中継で結び、被災者の気持ちに寄り添うことを大切にしてきました。しかし、30年が過ぎ、追悼の場の数が減っています。30年というタイミングは、被災した方々にとっては“区切り”とはいいがたいもの。しかし、年月が経つなかで、被災者の高齢化、世代交代が進んでいます。
震災の翌年1996年から本番組を放送しているカンテレにおいても、震災後に生まれた“震災を経験していない世代”の割合は、およそ2割にのぼります。
中橋美樹ディレクターは、震災から5年後の2000年生まれ。ほかにも、被災者の軌跡を追った特集を編集するエディター、東遊園地から中継を結ぶ技術スタッフなど、番組をつくるチームスタッフの多くが“震災を経験していない世代”です。
中橋ディレクターは、震災から“31年”となる今回の放送にも、特別な意義を感じています。そして、自身が震災を経験していない世代だからこそ、伝える役となる意味があると考えます。
『この瞬間(とき)に祈る』(関西ローカル)は、1月17日(土)5時25分より、カンテレで放送されます。
