──多くの人気作に出演している福山さんですが、声優のどういった部分に魅力を感じていますか?
例えば舞台を中心に活動している俳優さんは、稽古期間がありますし、本番中はほとんどその作品に集中することになりますよね。そうすると、年に5本も作品に出演できたらかなり多いほうだと思います。
でも、声優は年に相当な数の作品に携わることができるんです。きっと、“演じる”というカテゴリーにいる方々のなかではナンバーワンじゃないかな、と。そこが一番の魅力だなと思っています。
あとは、職人のようなところも魅力ですね。映像があるものは映像作家の方々、スタッフの皆さん、共演者の方々との協業。声優は、クリエイターの提示したいもの、「こういう作品に」と望んでいるものを想像して、汲み取って、作品づくりに臨みます。
そのなかで、僕はクリエイターの意向を中心に考えつつ、プラスアルファしたいタイプで。決められた時間内に、用意してきたものを提示して、クリエイターの思いを聞いて反映させて、共通言語をもって作品を仕上げていく。自分のアイデアを出す力も、瞬発力も試されますが、それが職人作業のようで、とんでもない魅力を感じています。
福山潤が思う2025年「無茶をしすぎました(笑)」
──福山さんもクリエイターとして作品をつくりたいという思いはありますか?
あまりないですし、0から1を生み出すことはできないので…クリエイターとは言えないと思います。ただ、「これだったら、こうすると面白いと思いますというアイデアはあって。アレンジャーみたいな感覚でしょうか。
と、話していて思いましたが、演出など許された範囲のなかでアイデアを入れることがクリエイティブなのであれば、僕もクリエイターなのかもしれませんね。これからも要求されたものの根幹を押さえながら、作品を受け取ってくれる人が面白いと思ってくれるものは突き詰めていきたいです。
──2025年は、声優業のほかにも一人朗読劇『作家、46歳、独身』の公演やコンピレーションアルバムの発売などさまざまなことをされて、2月に行われた断髪式もXでトレンドに入っていました。
お恥ずかしい(笑)。
──そんな2025年はどんな1年でしたか?
無茶をしすぎました(笑)。2年前に髪を伸ばし始めてから2025年までには切ると決めていて。そこは自分のなかでもう動かせないものだったのですが、何も断髪式までやらなくてもいいだろうと思っていました。でも、一生に一度ですし、そこまでやれば「またやろう」とは思わないだろな、とも思っていて。
髪の長い方は共感してくださると思うのですが、かなりのロングから髪を切ると、やたらと理由を聞かれるじゃないですか。そこで、断髪式とヘアドネーションの2本柱を考えて。これだけやれば下手な質問は投げかけられないだろう、と。“質問させない”というのが、断髪式をやった理由です(笑)。
──当初は考えていなかったイベントをやることになり、無茶をしたということでしょうか。
そうですね。でも、やった甲斐はありました。いつか、マイク1本で漫談をやってみたいなと思っていたんです。用意したものではなく、お客さんの顔やその場の雰囲気を見ながら、自分はどんな言葉を出せるのか、お客さんを楽しませることができるのかに興味があったので。それは、作品を背負っていると絶対にできないですし。
髪を切るというだけのトピックで集まって来てくれた人たちは、何か期待してくれていたはずで。何か別の都合があって、それを調整して参加してくれた人もいるかもしれない。そういう皆さんを楽しませたいなという思いが強かったですね。結局、110分しゃべりました(笑)。
そんなイベントができたのは、今までやってきた声優業の認知があってこそだと思うので、本業からもらったご褒美のような時間でした。
あとは、7月にやった朗読劇『作家、46歳、独身』の公演も、今年やることを2年前から企画していました。たまたま今年、声優業以外のことが重なってしまった印象です。
──そういったことも、活動のモチベーションになっていそうですね。
そうですね。「今、死ねないな」「今、病気できないな」と思える“何か”を持っていると頑張れるじゃないですか。それと同時に「今、もし死んでしまったとしても大丈夫(悔いはない)」という正反対のものを持てると、すごく気持ちが楽になるんです。
必要以上に「頑張ろう」と思わなくていい、でも適度に追い立てられている感じが自分には向いているんですよね。そういった状況が、今年は緊張感とともに持ち続けられたので、楽しい1年でした。
撮影:河井彩美
