今回のライブ・バージョンは三上さんだけでなく、20年前に出演していたミュージシャンもほぼ参加。それぞれの経験がどんなふうにステージに反映されるのかも見どころです。
進化したバージョンの“ヘドウィグ”を披露
――ライブ・バージョンでの楽曲は、どんな雰囲気に仕上がりそうでしょうか?
ちょっと毒があって、突き放しているんだけど、すごく温かいセーフティーネットがあるような。そんな音楽を届けられたらなと思っています。
ミュージカルの『ヘドウィグ〜』も、わめいたり怒ったりしているけれど、台本の最後は芝居がなくて、音楽だけ。今回も音楽の力で、皆さんを最後まで連れていきたいです。
ミュージシャンも、20年前のメンバーがほぼ全員集まってくれています。みんな僕と同世代なので、同じことをやってもそれぞれの人生が出てきて、深みが増してくるんじゃないかな。「みんな、人生の何を持ち寄るんだろう?」と、僕も楽しみにしています。
――どんな姿で楽曲を歌われるのかも気になるところです。
ずっとヘドウィグを求めている人たちが、何が見たいか。僕には手に取るようにわかっています。シンプルに歌うだけでは許さないだろう、って(笑)。だから、ちゃんとヘドウィグの扮装をしますよ。それも進化したバージョンでね。
――それは、とても楽しみです!ヘドウィグとして表現するのか、あるいは、三上さん自身としての表現になるのでしょうか?
楽曲の中には、どうしても自分の中にはない世界観もあるので、それはヘドウィグとして歌うしかないと思っています。
でも、例えば、今回のライブの最初の曲に予定にされている『TEAR ME DOWN』なんかは、僕の中にもあるものが描かれているので、自分も出てくるでしょうね。最後は役も全部取り払われて、僕自身として歌うんじゃないかな、と思っています。
――ミュージカルとはまた違う形での表現も興味深いです。
芝居だったらセリフで表現できるけれど、ライブでのトークはアドリブではできないじゃないですか。「20年後のヘドウィグはどうなっているだろう?何を言うんだろう?」と想像しました。
先ほど話した『TEAR ME DOWN』という曲には、「壁を壊しなさい」というメッセージが込められているんですが、20年前は壁といったら“ベルリンの壁”だったんです。
東ドイツで生まれて、西側に出るために性転換手術を受けたヘドウィグの物語とも重なります。今はどうなのかと考えたら、さらに壁だらけの世界になっているな、と。
途方もないほどの分断が起きていて、意思の疎通もできない。今のヘドウィグだったら、その“壁”を壊したいんじゃないか、と僕には思えました。
物語にすることはできなくても、歌の中だけでもいいから、少しでも呼吸できるような空間を届けたい。皆さん、切羽詰まっているように見えますから。
――三上さんご自身もそう感じることはありますか?
ありますよ。壁だらけの世の中では、柔軟でいることがどれだけ大事か、とも思います。実体験としても思うんですが、年を重ねると頑固になってしまうんです。そういう自分を守ろうとする気持ちを、自分でつぶしていかないと。
自分の価値観に凝り固まって閉ざしてしまうのをやめて、人の話も頭で聞くのではなく、心で聞く。そういうことが大切だと感じています。
三上さんといえば圧倒的に俳優としてのイメージが強いと思いますが、同時にシンガーとしての活動も行ってきました。“歌うこと”への思いを尋ねると…。