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2020年01月03日 |

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【オヤジンセイ】津田寛治 映画に救われた青春時代「“物語”の中いると辛くなかった」_site_large

【オヤジンセイ】津田寛治 映画に救われた青春時代「“物語”の中いると辛くなかった」

1月4日(土)23時40分~『悪魔の弁護人 御子柴礼司~贖罪の奏鳴曲~』第5話

めざましmedia編集部

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さまざまな世界で活躍しているダンディなおじさまに、自分の人生を語ってもらう『オヤジンセイ~ちょっと真面目に語らせてもらうぜ~』。

年を重ね、酸いも甘いもかみ分けたオトナだからこそ出せる味がある…そんな人生の機微に触れるひと時をお届けする。

今回は、現在放送中のオトナの土ドラ『悪魔の弁護人 御子柴礼司~贖罪の奏鳴曲~』(毎週土曜日23時40分)に出演中の俳優・津田寛治。

存在感のある名バイプレイヤーとして多くの映画やドラマで活躍するが、俳優としてブレイクしたのは30代後半。「子どもの頃からずっと映画の世界に憧れ続けていた」と語る俳優・津田寛治の人生を前編・後編に分けて送る。

集団生活が苦手で劣等生だった幼少期

【オヤジンセイ】津田寛治 映画に救われた青春時代「“物語”の中いると辛くなかった」_bodies

子どもの頃の自分をひと言で表すと“問題児”でした(笑)。僕の中で最も古い記憶が、川に落ちた僕を助けようとするおふくろの姿です。3歳くらいの出来事かなぁ。とにかく僕が母を見上げて必死に手を伸ばしていたのを強烈に覚えています。

集団生活というものにまったくなじめず、健康診断とかで並ばされることがものすごく嫌で、「なんで僕はここにいなきゃいけないんだろう」ってずっと思っていました。大きくなっても囚(とら)われのまま生きていくのかって想像したら、もう絶望しかなかったですね。

小学校に上がっても状況は変わらず、毎日同じところに通うことも、同じ教室に詰め込まれて勉強させられることも大の苦手でした。人と同じことをする、ということがそもそもダメで、「みんなできてるのに、君だけだよ、できていないのは!」「みんなやってるよ、なんでやれないの?」って言われるのが本当に辛かったです。

そんな地獄のような毎日の中で、僕にとって唯一の逃げ場所が映画館でした。学校では先生に怒られ、家に帰れば親に怒られ、正月には親戚から怒られる生活の中で、映画館の中だけは自由に世界中いろいろなところに飛び回れたんです。

その頃見た映画の中で記憶に残っているのが、小学5年生の時に観た『がんばれ! ベアーズ』(1976年)です。当時は吹き替え版なんかなく、字幕に一生懸命集中して、一字一句逃さないよう必死になって観ていたのを覚えています。

そうやって映画を1本観終わった時、それまでの人生では味わったことのないくらいの充実感を得たんです。観たというよりも「(その作品に)参加した」感覚というか。

今と違って入れ替え制もなかったから、休みの日は朝から晩までずーっと映画館にいました。そのほかに印象的だった映画は『カッコーの巣の上で』(1975年)、『チャンス』(1979年)、あとは『カプリコン・1』(1977年)とかですかね。

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映画という「物語」、映画館という「空間」に飢えていた青春時代

今思えば“物語”に飢えていたんですね。それと何より、映画館っていう“非日常的な空間に行く”という行為に。だから作品名とかはあまり覚えてないですけど、映画館の佇まいはめちゃくちゃ覚えているんですよ。

「あそこの階段の下の薄暗い売店で太ったおばちゃんがいつも本読んでるなぁ」「あそこの映画館の壁は波板みたいでおしゃれだ」「一番座り心地が良いソファはあの映画館の廊下側の何番目だ」とか。

そんな毎日だったから、当然、勉強なんて出来ませんでした(笑)。唯一、好きだったのが美術。学校で生まれて初めて褒めてくれたのが美術の先生でした。そんなに上手くなかったと思うけど、それがとても自信になったし、今の僕の趣味である絵画につながっているんです。

高校は福井高校の芸術学科を受験して合格しました。周りからは「絶対に受からない」と思われていたみたいですけど、嬉しかったですね。そこで生まれて初めてと言っていいくらい、自らの承認欲求が満たされたというか。

ただ、その学科は出来たばかりで、必ずしも僕のように絵が好きなヤツが集まったわけではなかったんです。失礼ですが、どこにも入れなかったような不良がほとんどで、僕も、あっという間に感化されて道を踏み外してしまいました(笑)。

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映画館通いはさらに深まり、日曜だけでなく学校をサボって平日も行くように。もう、映画を観るかバイトしてるかっていう状態。父親が中学2年の時に他界したこともあって、バイトは新聞配達から水道配管工事の手伝い、喫茶店のウエイター、ショッピングモールの駐車場の交通整理まで、たくさんやりました。それもすべて「映画が観たい」という気持ちに行き着くわけで、結局、高校は2年で中退し、バイトで資金を貯めて上京したんです。

最初はただ映画が好きで、じゃあ大人になったら何になろうと思った時に、やっぱり好きな映画の仕事をしたいなと。どうせなら映画監督をやりたいって思ったんです。でも、周りからは「映画監督はみんな大学を出てる秀才ばかりだから、おまえには絶対に無理」って言われて。今さら勉強するとかあり得ないし、俳優だったら学歴とか無くてもいけるんじゃないかっていう、不純で浅はかな理由で俳優を目指したんです。

30歳を過ぎてのバイト生活の中、北野武監督と出会い…

上京後は沖縄料理屋に住み込みで働きながら小さい劇団の養成所に通ってました。その頃の気持ちはなんていうんだろうなぁ…言葉に出来ない感覚ですよ。でも、楽しいか辛いかで言うと、圧倒的に楽しいんです。

キツイこともたくさんあったけど、僕の中では「映画の世界」に入り込んでた感覚なんです。バイト先の先輩にひどいこと言われようが、大きな失敗しようが、自分にとってそれらはすべて“物語”というか。物語の中に僕がいる感覚が楽しくてしょうがなかった。

お金がなくてパン屋さんに行って「食パンの耳、余ってませんか?」とお願いするのも、「これぞまさに映画だ!」みたいな。押し売りとか怖い人が来ても同じ(笑)。だから帰ろうとはまるで思わなかったですね。おふくろには申し訳なかったけど、地元に帰ったら地獄しか待ってないので、もう選択肢はほかになかったです。

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すでにご存知かもしれませんが、そんなある日、バイト先の喫茶店で北野武監督に出会うんです。養成所のロビーかなんかにバイト募集の紙が貼ってあり、友だちが行くから俺も行く、となったのがその喫茶店で。まったくたまたま、そこで仕事をゲットできるとは思ってませんでした。

そのうち養成所もクビになり、10年ほどずっとバイトしていたんです。 当時はまだ日本映画が今ほど隆盛ではなかったけど、北野監督をはじめすごい監督たちがたくさん活躍していらして。その店は編集スタジオの中にあったので、いろいろな監督さんが出入りしていて、武さんもよくいらっしゃっていたんです。

でも、いきなり声をかけるわけにはいかず、武さんがトイレに立つのをずっと狙っていました。人間だから絶対行くだろう、と。自分のプロフィールをカウンターの下に置きながら皿洗いしつつ、「いつ行くかなぁ…」って。そしたら運よく一人で席を立ったので、そのまま一緒に僕もトイレに入って、なんとか受け取っていただきました(笑)。

もちろんタイミングもありましたが、それを許してくれた店の経営者の奥さんとの出会いが大きかったです。そもそもそんな営業妨害みたいなこと、バイトになんかやらせないでしょう。でも、奥さんは「寛ちゃん頑張って」と応援してくれたんです。

その頃、武さんは1年に1本のペースで映画を撮ってましたから、その後、1年間じっと待って、ようやく声をかけていただくことができました。それが『ソナチネ』(1993年)でした。

まるで映画のようにドラマチックな津田さんのジンセイ。後編ではいよいよ俳優としてブレイクしたあのCM、あの作品について語ってもらう。

【思い出の品】娘さんが描いた絵とお守り

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子どもは娘1人、息子1人です。この絵は娘が小学校に上がったくらいの頃ですかね、父の日か何かのプレゼントについてた手紙だと思います。娘からもらった絵や手紙は全部とってありますよ。人を笑わせるのが好きで、人が困った顔をしたり泣いたりしてるのが自分のことのように辛く感じる優しい子なんです。こないだも集団登校の時、誰かの家の壁に落書きがしてあったのを見て「私が消す!」って言って消し始めたそうです。上手く言えないんですけど、僕なんかと比べて、人としてすごいと思います(笑)。

(取材・文/中村裕一 撮影/河井彩美 ヘアメイク/カヤハラリサ 撮影協力/gallery 201 )

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