3月13日(土)15時30分より、フジテレビでは『希 HOPE!スポーツがつなぐ未来 〜3.11あの日から10年〜』が放送される。

2011年3月11日、多くの命と日常生活が奪われた東日本大震災が発生した。あれから10年、アスリートたちは震災とどのように向き合って来たのか…。番組では、スポーツがつないだ被災地との絆、復興活動の裏側にあった知られざる葛藤などを、アスリート自身がナビゲーターとなって伝えていく。

フジテレビュー!!では、都内のスタジオで行われた収録で、メインナビゲーターを務める、宮里藍と内田篤人に密着した。

2人は、今回が初対面。スタジオでカメラセッティングが行われている間、どちらからともなく家族の話になり、2女を持つ内田は「娘がかわいくて」と父親の顔をのぞかせた。

また、内田が「普段からゴルフの試合をテレビで見ている」と明かすと、宮里は「うれしい」と笑顔を見せるなど、和やかな空気の中、収録はスタートした。

宮里「映像の威力がすごすぎて…」震災の発生を海外で知った2人

番組では、アスリートたちのさまざまなVTRが放送されるが、そのうちの1本で内田は、サッカーの鮫島彩選手(大宮アルディージャVENTUS)と対談。

震災当時、鮫島選手は福島のチームで、内田はドイツのブンデスリーガでプレーしていた。内田は、なでしこジャパンW杯優勝の裏側にあったエピソードを聞きながら、サッカーとどう向き合ったのかを鮫島選手と語り合う。

スタジオでは、震災発生当時を振り返り「海外で放送されるニュースでは、日本の地震や津波、家が崩れる様子などをありのまま映していて、その映像がショックだった」(内田)、アメリカにいた宮里は「あまりに映像の威力がすごすぎて、あまり実感がわかなかった」とコメント。

続けて宮里は「試合は毎週あるし、自分のコンディションを整えつつ、どこに向かって、何をすればいいのかという心境になった」とアスリートとして戸惑いがあったことを回顧。内田も「何をしたらいいのかというのは、かなり考えました」と語った。

番組では、ほかにもバレーボール元日本代表・新鍋理沙さん(久光スプリングス)が、仙台商業高校のバレー部マネージャーを取材した様子や、当時・東北楽天ゴールデンイーグルスの主将を務めていた捕手・嶋基宏(現東京ヤクルトスワローズ)のスピーチ「見せましょう、野球の底力を」という“言葉の力”にフィーチャーした映像などが紹介される。

番組の終盤では、2人が“スポーツがつなぐ未来”についての思いを、色紙にしたためる。宮里と内田が、書いた言葉とは…。

収録を終えたばかりの宮里と内田に、話を聞いた。

<宮里藍&内田篤人 インタビュー>

――今回、初対面のお2人でしたが、収録はいかがでしたか?

内田:いやー、頭良いですね。考えていることを言葉にするのは、すごく難しいと思っていたんですけど、(それができるので)さすがだなと思いました。

宮里:まったく同じ感想です(笑)。今日は、「はじめまして」でしたけど、普段、ほかの競技の方とこれだけ深い話をすることはほとんどないので、すごくいい経験になりました。

内田:テレビでは「宮里さん」って呼んでるけど、裏では「藍ちゃん」って言ってる。「あっ、藍ちゃんだ」って(笑)。

宮里:うれしいです、うれしいです。普段拝見している中で、このような機会をもらえてうれしかったです。ありがとうございました。

内田:ありがとうございました。

――次回会ったときは「藍ちゃん」と呼べますね。

内田:いや、言えないでしょ(笑)!

宮里:呼んでください。私の方が年上ですけどね、全然呼んでいただいて(笑)。

――震災の記憶、コロナ禍などの影響で気持ちが沈みがちになる方も多いかと思いますが、お2人は、どのように気持ちの切り替えをしていますか?

内田:今は子どもと一緒に遊ぶことですかね。多少、外に出て、公園に行ったりすることはあります。なかなか自由に遊びに出かけることはできないですけど、その分、子どもとの距離は近くなりますから。楽しく過ごしています。

宮里:プロを引退してからあまりオン、オフは意識してないですけど、難しい状況の中で、外でできるスポーツをやっていて良かったなと思いました。サッカーもそうですが、ゴルフは気をつけながらできるスポーツですので。

やっぱり家にいる時間が増えた分、少し散歩したり、体を動かすということが自分にとってはオフというか、気分転換になっている気がしますね。