――元空手世界王者という父、介護福祉士の母という家庭で育つなかで、自身の性格や価値観にどのような影響があったと感じますか?

ずっとスポーツをやってきて、わりとなんでもこなせる方だと思っているんですけど、その運動神経は親父譲りだなと感謝しています。母親は、運動が得意ではないですが、性格…特に勝負強さは、母親譲りだと思っています。

うちの母は、この時代にこの言い方が正しいかわからないですけど、考え方が「男前」なんですよ。

たとえば、子どものころ、ケンカをしても相手と自分が1対1なら、なにも言われないんです。でも、もし、「1対複数」になって、自分が複数側に回るようなことがあったら、「家には帰ってくるな」と。兄が反抗期だったときも、母は一歩も引かずに、なんなら胸ぐらをつかみ合うくらいの勢いでした(笑)。嘘や曲がったことが嫌いで、ずっと「そういうことはダサい」と言われてきたので、今の自分の性格には影響があるのかなと思います。

安齊勇馬を救った母の言葉と父の背中「本当にいい両親に恵まれた」

――幼少期、壮絶な反抗期を迎えていたお兄さんを見て、「自分はやさしくいなければ」と思ったそうですね。

そのあたりから、人の顔色をうかがうというか「空気を読む」のが得意になっちゃいました。だから、後輩でいるのがうまいんですよ。先輩からも「おまえは、“プロ後輩”だ」って言われることがあります(笑)。 

――お母さんは、手芸の師でもあるそうですが、どんな関係ですか?

すごく支えてくれていますね。(全日本プロレスの)練習生時代に心が折れそうになって、実家に帰ろうかと思ったことがあったんです。「俺は絶対プロレスラーになる!」と豪語していたから、「ここで帰ったらダサいよね」と母に相談したら、「もし、笑うやつがいたら私が許さないから、胸を張って帰ってきなさい」と言われて。救われました。

『バチェロレッテ4』への参加も、それは両親ですけど、最初、多少の反対はあったものの、最終的には「おまえが決めたことなら協力するよ。出るならちゃんと頑張ってこい」と背中を押してくれました。いつでも味方でいてくれるので、本当にいい両親に恵まれたと思っています。

今では実家に帰ると、母と肩を組んでスーパーに行くこともあります(笑)。母には「27歳の息子が親と肩組んで歩くなんて、なかなかないことだからな」ともったいぶるように言っていますけどね。

――将来、自分も両親のような親になりたいと感じますか?

自分にとって「親はこうあるのがいい」という正解のようなものを、身をもって学べたのかなと思っていて。父親が忙しくて一緒に過ごせる時間が少なくてさびしいと思ったこともあるので、「なるべく子どもに寄り添うようにしよう」とか、わりといい親になれるんじゃないかなと思っています。