現在も広がり続ける『夜の踊り子』現象。「ミーム」として消費されずにヒットにつながった理由はどこにあるのでしょうか?ビクターエンタテインメントのA&R宣伝部長・山上聡さんに、バズによってもたらされた反響の裏にある懸念と、現在の音楽シーンについて思うことを聞きました。
「サカナクションが“あの踊りの人”というイメージで定着してほしくない」
――ショート動画ではミームとして一躍、話題になってもすぐ消費される楽曲も多い中、なぜ今回はストリーミングの実聴にまでつながったと思いますか?
ウェブマーケティングやSNSを専門に研究している方々にも話を聞きましたが、まず圧倒的な楽曲の強さがある。それに加えて、昨年からの『怪獣』(2025年)のヒットや山口の継続的なYouTubeでの生配信を通じて、「サカナクション」というアーティスト名がSNSのアルゴリズムの中でしっかりと認知される状態になっていたことが大きいと聞きました。
ミームがヒットにつながらない場合の多くは、曲だけが消費されて「誰が歌っているか」がわからないまま終わってしまうことにあるのではないでしょうか。でも、今回は奇跡的な形で、楽曲とアーティスト名がしっかり結びついた。それがストリーミングの実数への橋渡しになったんだと思います。
――バズからバイラルヒットにつながる流れは、狙って作れるものだと思いますか?
狙って作るのはかなり難しいのでは、と個人的には思っています。今回の件をどれだけトレースしても、再現性はないし、むしろ狙うことで「作為性」が生まれてしまう。今の時代、ユーザーはプッシュ型のプロモーションやCMに本当に飽き飽きしていて、既視感のあるものへの反応は一気に冷めてしまう印象です。結局、真剣に楽曲を作って真剣にパフォーマンスをして、ミュージシャンが込めた思いを丁寧に伝えていくことでしか、長く残る道はないと思っています。
――うれしい反響がある一方で、懸念していることはありますか?
正直に言うと、恐怖もすごくあります(笑)。「あの踊りの人」というイメージでサカナクションが定着してほしくなくて。過去の曲で一発屋に見られてしまうことへの危機感はあります。
ただ、幸いにも『怪獣』も『新宝島』(2015年)も今現在のチャートに入っていますし、大丈夫だろうとは思いつつも、心配性なので心配が尽きないんです。
いま気になる存在は?音楽シーンの現在と見据える「その次」
――山上さんがいま気になっている、仕掛け人やチームといった存在はいますか?
ミセス(Mrs. GREEN APPLE)ですね。精度の高い曲をあれだけ作り続けて、ライブも冠番組もやっていて、本人たちがあんなに稼働して。普通に考えると、メンバーたちも寝る暇あるのかなというのと、スタッフもめちゃくちゃ大変だろうなと。「これはどうやってるんだろう?」ということも多く、もはや不思議な思いで見ています。
――山口さんも配信でミセスを「腹をくくっている」と絶賛していましたね。
山口もミセスを賞賛していますね。「あそこまでやるのすごいなあ」って。
――最後に、今の音楽シーンについて、どのようなことを感じているか教えてください。
個人的には、過去の曲がチャートを占領しすぎている現状が少し気になっています。もっと新しいアーティストの曲がチャートに入ってきてほしい。配信マーケットの壁は参入者にとって本当に高くて、サカナクション自身も『怪獣』を出すまでは100位以内に1週間入ってくれればいいというくらいのイメージでいました。それくらい難しい世界です。
才能のある新しいアーティストがちゃんと気づかれるような環境を、業界として作っていかなくてはならないと強く思っています。
一方で、今回の『夜の踊り子』のバイラルヒットを受けて、過去に頑張って制作した楽曲が再評価される可能性があることが可視化されたのはとてもポジティブだと思います。ただ個人的には「当時ヒットしなかったのは、プロモーションが甘かったせいなのでは」とそろそろご指摘を受けるのではないかとビクビクしています(笑)。「あの才能を埋もれさせていたのはお前だろ!」と言われないように今後も頑張らないと、と身を引き締めております(笑)。
