中村七之助さんが、中村屋一門の1年を語りました。
12月23日(金)、フジテレビでは『密着!中村屋ファミリー 浅草に平成中村座が完全復活!歓喜と熱狂の大舞台SP』が放送されました。
2022年、エンタメ界がコロナ第7波の猛威に苦しむ中、中村屋は一丸となって逆境に立ち向かい、歌舞伎の新作に挑戦。さらに、亡き勘三郎さんが愛した地・浅草で「平成中村座」を復活させました。ファミリーが一丸となってまい進する、中村屋一門の1年を追いました。
番組から、中村七之助さんのロングインタビューが到着。番組未公開分を含むその談話を紹介します。
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父・勘三郎が喜んでくれた「天日坊」の再演は「うれしかった」
<中村七之助 インタビュー>
――2月の「コクーン歌舞伎」では、「天日坊(てんにちぼう)」が10年ぶりに上演されました。
父(勘三郎さん)が、1日だけですけれども最後に出た舞台で、父や、中村福助のおじ、中村芝翫のおじの背中を見てきた3人…中村獅童さん、うちの兄、私で、初めて開けた作品。
しかも、宮藤官九郎さんが脚本を書いてくださる新作…そういったことがいろいろあって、素敵な作品で、評判もとてもよくてですね。
父も大変喜んでくれた作品なので、再演できたことは、うれしかったですし、中村扇雀さんと小松和重さんが加わって、(前回と)また違った感じになり、大変楽しくやらせていただきました。
――大変な盛り上がりでしたが、残り2日というところで公演中止になってしまいました。
私も、コロナ陽性になってしまって。幸運にも、症状が出なかったのですが、やはりお客さまに、ご迷惑をおかけしてしまったという気持ちになりました。
大変つらい状況になってしまったんですけれども、あの作品は、兄が全場出ているというくらい大変で、最初にやったときも「もう二度とやりたくない」「一番苦しかった」と言っていたんです。
そんな役どころである、法策という人物を演じていましたので、兄は私たち以上に悔しかっただろうと思います。
中村鶴松の自主公演「鶴明会」は素晴らしい作品に仕上げた
――3月、4月の巡業を経て、そのころには中村鶴松さんの自主公演「鶴明会」が動き出しました。この話を聞いたときはどう思いましたか?
ずっと修行して、実力もグングン伸びているときなので、やるべきだと思いました。
ただ、「高坏(たかつき)」と「春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)」を、1日に2回やるというので、私もそんな経験はしたことがなく、体力的に「大丈夫かな」と。
どちらも難易度の高い作品ではありますが、特に「高坏」は、自主公演でやるには大変というか。
本当に、対極にあるような二つの踊りを選んだので、精神的にも肉体的にもきついだろうなというのは思いました。
――鶴松さんは、コロナ禍で思うように舞台に立てなかったと思いますが。
一昨年から、ほとんどの舞台に行けない、出られないという毎日を過ごし、出られたとしても、部またぎができなくて。
少ししか役がない上に、ほかの部の先輩のお芝居も観ることがかなわないという状況が長く続いたので、鶴松だけではないですけれども、伸び盛りの若手には、きつい時期だったことは確かですね。
私の場合は、16歳のときから浅草公会堂で、1年に一回ですけれども、責任興行というのをやらせていただいて。できないなりにもそこで吸収することがあって、今の自分がいると思っています。
主役じゃなくても、役ができない、舞台に立てないということは、彼らにとって決していいことではないですよね。
――稽古、本番を観ていかがでしたか?
最初は、がむしゃらに踊っていて、いろいろ言われて苦悩してたところもあるんですね。
やはり、父・勘三郎の「春興鏡獅子」を頂点とし目指しているところではあったんですけれども、振り付けの藤間勘祖先生の言うことと、兄が言ったりすること、このバランスがとても難しかったと思います。
父の映像が目に焼きついていて、それは何回も何回も、あの年月を踊り込んだからこその弥生だったりするんです。
そこのうわずみだけの部分を取ってしまうと、何か気持ち悪いものになってしまうというのを、藤間勘祖先生も見抜いてらっしゃって、まず「素直に踊りなさい」と。私たちも、そうだなと思いました。
そこで彼は、初日に向けて、自分なりの弥生像というのを作ってきた。そこに持っていけたということは、とても素晴らしいことだと思いますし、僕はトークコーナーでも言ったんですけど、「自信を持って勧められる」と。
とても素晴らしい「春興鏡獅子」になっているということは、お客さまに胸を張って言えたので、大大成功だったと私は思っています。
同じ世代と下の世代、ちょっと上の世代の役者さんたちも、観に来ていて、尾上右近くんなんかは、泣いていたらしいです。
みんなが手放しで鶴松という役者を応援して、ただただ「やったね」「頑張ったね」じゃなくて、素晴らしい作品に仕上げたというところは、私たちにとっても鼻が高いですね。
中村歌之助、中村福之助の二人が主役をやるというのは、本当にうれしかった
――7月は、大阪で「七月大歌舞伎」がありました。
メンバーもそうですけれども、何か昔の勢いというか、熱さというものが戻ってきたんじゃないかなと錯覚を起こすような、お客さまの反応であったり、「船乗り込み」(※)も3年ぶりですかね。
(※)歌舞伎興行の際、出演俳優が当地到着を船に乗ってお披露目する伝統行事
公演自体はちょっと短かったんですけれども、部またぎなど通常運転になって、みんながいろんな役に出て、というようなことが行われて。
お客さまの入場に対する規制も、それほど強いものではなかったので、パッと見満員のようで「あ、久々の感覚」というのはありました。
だから、とっても楽しかった。あっという間に終わっちゃいました。1ヵ月無事にやりきれたことが、大きかったんじゃないかな。
みんな、「あと1ヵ月やりたい」と言っていましたから。
――8月、歌舞伎座での「八月納涼歌舞伎」では「新選組」の主役を、若い二人(※)が勤めました。
(※)深草丘十郎を中村歌之助さんが、丘十郎の親友・鎌切大作を中村福之助さんが勤めました。
まあ、私はずっと三兄弟(中村橋之助さん、中村福之助さん、中村歌之助さん)、(福助さんの長男)中村児太郎と、すべての初舞台に出させていただいていますので。
「納涼歌舞伎」の一幕の主役を二人がやるというのは、本当にうれしかった。
坂東彌十郎さんは、稽古初日に泣いていましたよ。「むねちゃんとよっちゃんがやってる」(※)って。その気持ち、すごくわかります。
(※)福之助さんの本名は、宗生(むねお)。歌之助さんの本名は、宜生(よしお)。
10月11月は、勘太郎、長三郎にMVPをあげたい
――10月には、「平成中村座 十月大歌舞伎」がありました。
平成中村座の一番の利点は、物理的な距離も心の距離も近いこと。
「(平成中村座でできるのは)いつになるかね」なんて話をしてましたので、(2019年の小倉城公演以来)3年ぶりにできることになったときは、本当にうれしかったですね。
新作(宮藤官九郎さん作「唐茄子屋(とうなすや)~不思議国之若旦那(ふしぎのくにのわかだんな)」)を平成中村座でかけるのは初めてということもあり、ワクワクしました。
――大変だったことはありますか?
いや、大変というよりも、私は毎日楽しかった。
プライベートでもとても仲良くさせてもらっている、荒川良々さんとも一緒に芝居ができました。
今回はそんなに絡みがなかったので「残念だね」という話はしたんですけれど、僕が大尊敬している役者さんなので、稽古場で彼の芝居を観られて、とても面白かったです。
――久しぶりに平成中村座に足を踏み入れたときは、どんな感じでしたか?
何か、久しぶりの感じはしなかったのが怖かったです。常に、浅草や平成中村座でやっているときの方が、「うわー、久しぶり」「平成中村座の匂いだね」なんていう思いがあるんですけれども、すんなり入れたというか。不思議な感覚でしたね。
なぜかはわからないけど、たぶん、みんなそうだったんではないかと思います。
――稽古はいかがでしたか?
稽古場が歌舞伎座の上の小さいところだったんですね。なので道具も…コクーンだったりすると、本来の道具ではなくても、何かしらちゃんと道具を動かしながらやったりするんですけど、今回は小さかったので、舞台の装置が作れなくてですね。
紐で括(くく)って、「ここが座るところです」みたいな感じだったので、さあどうなるかと。道具のビジョンが、稽古場ではあまり見えなかったので「これは大変なことになる」と思っていたら、すごくスムーズに物事が運んでいって。
一番びっくりしたのは、うしろの背景が回るところを、一発で成功させたこと。「さすが平成中村座の大道具だな」と、驚きました。本当に見事でしたね。
――初日は、どんな気持ちで迎えましたか?
いつも新作の初日は、何か変なドキドキがあるんですけれども、落語ベースだったからか、しっくりきていたからか「大丈夫かな?」という不安はなかったです。
いろいろ意見もあると思いますけれども…こちらが、尻まくっちゃった感じだったのかな。「こっちは楽しいことやってるんだもん」っていう(笑)。
「あとは、(お客さまに)お任せします」みたいな、そんな感じでした。だって、やっていることが「嫌だな」と思われたらもう終わりですからね。ルンバに乗って出てきた瞬間に、帰る方もいらっしゃるかもしれないし。
我々は、すごく楽しんでいたし、何にも考えないで観られるような作品だったと思うので、気負いはなかったですね。
――平成中村座での2ヵ月の公演を振り返って、いかがですか?
10月は、(中村獅童さんの長男)(小川)陽喜が「極付幡随長兵衛(きわめつきばんずいちょうべえ)」で倅長松という、あの年でやるような役ではない、親子愛というのを見せる大事な役どころを、休みなくやりきった。
しかも、ずっと獅童さんがやりたかった「極付幡随長兵衛」。私も陽喜が大好きなので、うれしかったですし、よく頑張ったなと思いますね。
それから、中村虎之介も、本当によく頑張っていました。
10月、11月でいうと、(甥の)勘太郎、長三郎にMVPをあげたいなと。もちろん、うちの兄は別としてね。
「唐茄子屋」は、あの二人に支えられている部分もあるので(笑)。
あの年で、学校行って早退して、舞台で重要な役を任されて。それを2ヵ月やるというのは大変なこと。心配していたんですけれども、二人とも楽しんで、しかも緊張感を持ってやっていた。
この2ヵ月は、未来ある歌舞伎役者たちが躍動しましたね。
聞き手:花枝祐樹(ディレクター/共同テレビ)