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中村勘九郎「60で100やっているように見せろ」父・勘三郎の言葉が分かるように_site_large

中村勘九郎「60で100やっているように見せろ」父・勘三郎の言葉が分かるように

12月20日(金)21時~『密着!中村屋ファミリー 涙と笑いの猛稽古2019 ~勘九郎&七之助大いなる挑戦 勘太郎8歳 覚悟のひとり立ち&長三郎6歳 初の女方~』

めざましmedia編集部

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12月20日(金)21時からフジテレビで放送されるドキュメンタリー『密着!中村屋ファミリー 涙と笑いの猛稽古2019 ~勘九郎&七之助大いなる挑戦 勘太郎8歳 覚悟のひとり立ち&長三郎6歳 初の女方~』。

歌舞伎の名門・中村屋を30年以上にわたり追い続けているフジテレビ取材班だからこそ、カメラに収めることができた貴重な映像が紹介される。

今回、亡き父・勘三郎の夢だった九州での「平成中村座」の公演に臨む中村勘九郎、七之助の兄弟と、勘九郎の息子・勘太郎(8歳)、長三郎(6歳)の挑戦に密着し、その舞台裏に迫る。

そんな中、フジテレビュー!!では、中村勘九郎のインタビューを入手。今年、大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』の主役・金栗四三を務めながら、中村屋を引っ張り奮闘した1年を振り返った。

<中村勘九郎インタビュー>

中村勘九郎「60で100やっているように見せろ」父・勘三郎の言葉が分かるように_bodies

――今年は、大河ドラマもあり、ここまで舞台が少ない1年というのも珍しいのではないですか?

そうですね。それこそ、14年、15年ぶり?『新選組!』(2004年NHK大河ドラマ)の時以来ですね。

――『いだてん〜東京オリムピック噺〜』 の撮影はいかがでしたか?

やっぱり大河ドラマって、他のドラマと全然違って。1年半、ひとつの役を演じることって、なかなかないじゃないですか。でもね、本当に宮藤(官九郎)さんの本(脚本)が面白くて。現場も、スタッフの方たちも…もう、嫌なこととか、一切なかったので。この長い現場で、恵まれてるなと思いましたよ。

―― 11月に北九州市小倉城勝山公園で開催された、平成中村座「小倉城公演」は、ものすごい盛り上がりでした。

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あれほど喜んでいただけるとは、想像してなかったです。うれしい、やってよかったと思える貴重な公演になりました。

奇跡の出合いもあり盛り上がった平成中村座「小倉城公演」

――あそこまで盛り上がったのはなぜでしょうか?

はじめて中村座が九州に行く…「九州だったら、博多だろうな」と、みんなが思っている中で、小倉でやるということを、まず小倉の人たちがすごく喜んでくださいました。

あとは、ご当地の『小笠原騒動』という演目に、小倉祇園太鼓とのコラボレーション(もあって)。これも、本当に奇跡の出合いなんですよ。

制作発表 (2019年8月20日)を、小倉城の天守閣でやったんです。その取材会を、下にある「しろテラス」というところでやって。休憩の時に、ポスターが1枚貼ってあって「小倉祇園太鼓」と書いてある。

この小倉の祇園太鼓っていうのは、「小笠原騒動・白黒騒動(1800年ころ)があった時にはすでにあったんですか?」と聞いたんです。そうしたら「あった」と。それで、「今すぐ連絡してくれ」と言って、(平成中村座に)出られるかというのを、聞いてもらったんですよ。

しかも、そのポスターを貼った人が、僕と同じ誕生日で同い年なの。その人が、「勘九郎さん見てくれるんじゃないかな」と思って、1枚だけ貼ったんですって。すごいでしょう。だから、あの祇園太鼓とのコラボは、これはもう“運命”としか考えられないです。

そして、ふたを開けてみたら、祇園太鼓の団体は100くらいあって、小倉の人たちに親しまれている、地元の、誇るべき存在だったんです。その人たちが、お城に出てきて。

そういう全部の話をひっくるめると、あの爆発的な盛り上がりは、必然だったのかもしれません。

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――お芝居も素晴らしかったですし、ハシゴを使って客席の上に行ったり、花火を使ったりする演出も見事でした。

ハシゴは『夏祭浪花鑑』のときに、父が一度やっているんですよ。それで、「やりたいね」っていう話はしてたんです。

総合的な歌舞伎のたて、立廻り、大詰めのところのプランは、今回担当した、中村いてう(今回の立師を務めた、中村屋一門の門弟の歌舞伎俳優 )の手柄ですね。

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あとは、(市川)猿翁のおじさまが(復活狂言である)『小笠原騒動』を復活なされて。それも (小笠原騒動の登場人物である小笠原) 隼人(はいと)編だったんですけど、(同じく登場人物の)岡田良助版というのを生み出した(中村)芝翫のおじ。そして、(中村)扇雀さん、(坂東)彌十郎さん、(松本)幸四郎さん。この4人のおかげです。

その小笠原騒動を、僕は初演で観に行って、すっかりファンになってしまって。2回目の博多(座)も自腹で1番前の席をとって観たくらい。(だから)やりたかったというのもあるんでしょうね。

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――あれほど集中を切らさず観られるお芝居も、なかなかないと思います。

中村座は、回り(転換)舞台がないでしょう。1回幕が閉まって、風音とかでつないで、というのが歌舞伎の感じなんだけど、それをやってしまうと、やはり途切れてしまうんです。

今回は、歌舞伎を見慣れていないお客様が多いと思ったので、 こっちで道具転換してる間に、花道を使って…というようなこと、そして何より、通し狂言『小笠原騒動』はご当地もの。みなさんの集中力を途切れさせないように、というのは心がけました。

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――岡田良助が子を殺すシーンでは「キャー」と声が上がったり、本当にすごい盛り上がりでした。

そうですよ。これはうれしいですよね。父が『四谷怪談』を博多座でやった時に、飲むでしょ、(毒)薬。そうすると「飲まんとよ!」って声がかかって。 「ああでも、これ飲まなきゃ話が進まないから、飲んだよ(笑)」っていうね。そういう有名なエピソードがあるんですけれども、それと同じ。 すごくうれしいですよね。

子どもを殺そうとしたら、 おばあちゃんが 「やめてよ、かわいそう」と言ってね。あと、お早(中村虎之助)が良い人のフリをして密書を持って来る時「あー、あー、ダメダメダメ」とか言うの。

――あのシーンは、今の感覚でいったら、あそこで子どもが切腹しなくても…と思う人も多いのではないでしょうか。

難しいですね。今の感覚でいったら感情移入できないかもしれない。家のためだったり、忠義のためだったり。そこを共感できる部分というのは、どんどん少なくなってきていると感じます。だからこそ、そこをどうお話の中に引き込めるかが、問われてくると思います。

勘太郎と長三郎を見ると「デジャヴのよう」

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――春には、(長男の)勘太郎さんが『盛綱陣屋』に出演されました。

あれは、(片岡)仁左衛門のおじさまから、電話いただきまして「どうだ?」と言っていただいたんですけど、すごく悩みました。 僕もいないし、七之助もいないし。でも、小四郎という役が、僕にとっても思い入れのある(91年・93年に演じた)役だったので、こんなチャンスはないということで。

――思い入れというのは?

憧れの役だったんです。小四郎は、殺されるのではなくて切腹する。だって、最初に縛られて出てくるんですよ。あぁ、こんなカッコイイ役はないな、と。

小三郎(役)で出た時(86年1月歌舞伎座に本名で出演)に、はじめて『盛綱陣屋』というストーリー、お話を見て、ああカッコイイなと思って。当時のVHS、ベータ、いろんなのを見て、やりたいなぁと。最初にあの衣装を着た時は、すごく嬉しかったのを覚えてます。

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――そうした勘九郎さんの思いもあっての出演だったのですね。

そうですね。七之助も言ってましたけれども、『先代萩』だって、あの3人(七之助・勘太郎・長三郎)で出来るっていうのは、もうあの1回だけ。

そういうチャンスをいただけたんだから、一人で。いやぁ、本当に、親の僕が言うのもなんですけど、心細かったと思うし。でも第一に、やっぱり芝居が好きなというのは、大きいなと思いました。

それで全部出来ちゃうんだなと。もちろん周りのみなさま、仁左衛門のおじさまを含め、(片岡)孝太郎さんもそうだし、本当にサポートしてくださったので、出来たんですけども。

――ご自身の同じ年ごろのころと比べると、どうでしょう?

ああ、どうだろう。 本当に、デジャヴというか、分身みたいですね。勘太郎と長三郎が兄弟でしょう。兄弟で芝居ごっこしてるのを見たりとか、芝居作ってやったりするのを見ると、ああ、こうやって僕も育ったなっていう。なんか怖いですよ(笑)。

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勘三郎も、本当に良い時は心から「良い」と言ってくれた

――千穐楽までやり遂げた勘太郎さんには、どんな言葉をかけられましたか?

「よくやったね、良かったよ」と。本当に良かった時には「良かったよ」と言うようにしています。

父もそうだったんですよ。怒ってるだけのイメージが強いでしょ(笑)。だけど、良い時にはね、本当に「良い」って心から言ってくれるんですよ。だから信用できるの。

あとは「気持ち、ハートで」というのも言います。やっぱり言うと良くなりますし、スポンジじゃないですけど、どんどん吸い取りますから。あの歳で、本当によくやったと思います。

金栗四三がマラソンを好きなように、僕もずっと歌舞伎を好きでいたい

――今年は、梅津貴昶(うめづたかあき/日本舞踊家)さんの会に出られました。梅津先生は、勘九郎さんにとってどんな存在なんですか?

勘九郎の会の時の「雨乞狐(あまごいぎつね)」もそうですし、 (舞踊の演目の)「末広がり」もそうですけれども、父が一緒になって作品を作ってきた同志のような存在です。

僕は、子どものころからいろんな踊りを踊らせていただいてます。梅津先生は、いい意味で“変人”。究極、踊りやお芝居が好きなんだな、というのが伝わってくる方です。行きつく先は、そこなんだなと。

『いだてん』で、金栗さんを演じていて思ったことでもあるんですけど、マラソン、走ることが好きで、それを極めるというか。好きっていうのは、本当に重要なことなんだなと。だから僕も、歌舞伎をずっと好きでいたいなって。

――歌舞伎を、嫌いになったことはないんですか?

ありますよ、あるある。 結構ネガティブだから、 辞めた方がいいんじゃないかと思ったことも。でもね、結局好きなんです。

――番組で密着する中で、勘九郎さんが、芝居の中身も、お客さんの熱狂も、「(お父様の熱狂には)まだまだ」と、お話されてました。

それは、なんだろう…。「楽しんでいただく」ということを、楽しめるようにはなってきました。

今までは、130%とか140%とかでやるのが正解というか、そこまでやらなければ追いつかなかったりしてたんですけども、最近は、自分でも楽しめるようになってきたので、そこは大きな変化かなと。

うちの父ちゃんが言ってたことが、だんだんわかるようになってきたんですかね。「60くらいでやれ」って。60くらいでやって、100でやってるように見せるんですって。そういうことが、少しだけできるようになってきたのかなと思います。

――小倉城公演の大成功で、平成中村座の可能性が広がったのではないですか?

東京・大阪・名古屋だけでなく、いろんなところに行ける可能性が出てきた、その第一歩になりましたね。

――小倉城公演では、3日でチケットが完売したそうです。

そうなの?それだけ…待っててくれたんですね(としみじみ)。いやでも、それは本当に怖いことでした。

売れるかどうかが一番不安ではあったけれども、入ってくれたはいいけどつまらなかったら、次がないじゃないですか。 次につなげないといけないから、そこは怖かったです。 でも、初日(の幕)が開いて、次の日にはもう「来年(小倉に)また来てくれ」って…。

本当にもう、あれは偶然じゃなくて必然の公演でした。 みんなも魔法にかけられてたし、僕たちも魔法にかけられていたと思います。

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――そんなふうに思えるのは、まれなことですか?

あの中村座の裏が道路だったりしたら、あんなにお客さんが集まらなかった。あそこが勝山公園だったから、小倉城も含めて、客席より多いかもしれないというくらいの人に来ていただけた。

今回、芝居小屋の周辺に(土産物の購入や飲食が楽しめる)「二十軒長屋」というのを作ったんですけど、そこでもいろんな方が協力してくれて。

僕が好きな、(とんこつラーメン店の)坂丸屋さんも来てくださって。 長屋さん同士のコミュニケーションもありましたし、各地でやるときもこういうお祭りみたいな感じでやるとお客様も喜んでくれますし、つなげていきたいなと。

あのね、僕、おじさんですよ(笑)。ジャニーズのみなさんじゃない。本当にすごい…ありがたいことです。

――来年はどんな年にしたいですか?

やはり今年出られなかった分、歌舞伎をやりたいですね。1月、2月と歌舞伎座、3月は明治座に出させていただきます。

また、勘太郎と長三郎の成長も楽しみにしています。やはり、彼らを見ていると元気をもらえるんです。

長三郎が、勘太郎のお尻のところに顔を持っていって「くちゃくない、くちゃくない」みたいな動画を撮って送ってくれたり(笑)。毎日、面白いが更新されていきますし、励みになります。(妻の前田)愛、勘太郎、長三郎と力を合わせ、精進する1年にしたいですね。

聞き手:番組ディレクター 松木 創

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