手書き全盛時代の達人、デザイナーの藤沢良昭さんを紹介します。
この記事は、フジテレビジュツのヒミツ「はい!美術タイトルです」vol.2から引用し、構成したものです。
岩崎光明
タイトルデザイナー
<プロフィル>
1982年よりフジテレビタイトルデザイン室でタイトルデザイン、イラストなどの制作を担当。代表作は『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』、『ダウンタウンのごっつええ感じ』、『世にも奇妙な物語』など。
題名の「美術タイトル」(略称は美タイ)は、河田町フジテレビ時代の名称。美術タイトルは、報道以外の全番組を担当。
報道番組の写植などを制作する「報道タイトル」は報道部にあり、役割はまったく違っていました。
「はい!美術タイトルです」vol.2
私がフジテレビの「美術タイトル」に来た1982年は、漫才ブーム真っ只中。長寿番組となる『笑っていいとも!』が誕生した年でもあります。
漫才ブームが去ったあとも『夕やけニャンニャン』、『オールナイトフジ』など、「バラエティのフジテレビ」と言われるほど話題の番組が次々と生まれました。
手書き作業中心であったタイトルデザインデザイナーは、バラエティ、情報番組、ドラマなどいつも大量の仕事を抱えていました。
そんな手書き全盛時代に活躍したタイトルの達人とその仕事を、思い出話とともにご紹介していきます。第一回は、藤沢良昭デザイナーです。
藤沢良昭デザイナーの作品
藤沢さんのタイトルデザインの多くは、フリーハンドのタッチを生かしたものです。
『三匹の侍』、『小川宏ショー』、『スターどっきり㊙報告』、『志村けんのバカ殿様』『ドリフ大爆笑』、『とびだせものまね大作戦』、『オールスター紅白水泳大会』など、独特な文字の“撥(は)ね”、柔軟さと躍動感あふれるその書体は、一目で藤沢さんのものとわかります。
『男はつらいよ』は、映画がオリジナルだと思っている方も多いと思いますが、元はフジテレビの連続ドラマでタイトルデザインは藤沢さんでした。
映画化の際も、引き続きタイトルデザインを担当した藤沢さんは、「タイトルロゴ」と「出演者とスタッフの手書き文字」をずっと書き続けていました。
筋金入りの手書き職人
生放送の手書きスーパーは、当時のタイトルデザイナーの重要な仕事の一つ。藤沢さんは、長年朝のワイドショーを、月曜から金曜までお一人で担当していました。
8時からの放送ですが、タイトルデザイナーのスタンバイは、午前4時です。この短時間にその日放送のテロップを書き上げるのですが、当時はほかに文字を出す方法がないので、テロップの枚数もタイトルデザイナーの腕次第だったのです。
藤沢さんの文字を書くスピードは、ほかのデザイナーとは一線を画するものがあり、藤沢さんの左後ろの席であった私は、幸運にもその名人芸を、ときどきうかがうことができました。
手書きテロップは筆で文字を書く前に、平行に鉄筆(謄写版-ガリ版-を書く際に使う鉄の芯がついたペン)で二本線を引き、文字割をしてから描くのが普通だったのですが、藤沢さんの書いたテロップには文字割の線はなく、セーフティゾーン(文字はこの中に納めなければいけない)の四角い枠のみ。
まさに書道の世界。私も真似てみたことがありますが、ガイドなしに二行の文字を水平に書くなんてとてもできることではありませんでした。
細かい文字を書く上に誤字脱字も厳禁、とても神経を使う仕事です。そのためか番組スタッフの女の子が大声でお喋りなどしていると、「静かに!」と雷を落としたこともあったようです。
いつもニコニコしていて寡黙な藤沢さんのエピソードとしては、私にはとても意外なものでした。
『ゴールデン洋画劇場』の声優テロップ
藤沢さんの仕事で忘れられないのが、『ゴールデン洋画劇場』の“声優テロップ”。
これを覚えているのは、もう40代以上の方でしょうか。洋画劇場の終わりに出てくる吹替声優などのテロップです。
カラーテロップに絵の具でイラストを描き、そこに声優や日本語版製作スタッフの名前を書くのが“声優テロップ”です。
シンプルでありながら、映画の内容を端的に表現した背景イラストが毎回楽しみでした。当時は、民放各局に洋画劇場の枠があり、それぞれの番組のテロップデザインに特徴があって、見比べるのも楽しみの一つでした。
私はTBSの『月曜ロードショー』の声優テロップの書き文字が特にお気に入りでした。イラストは筆で描くことが多いのですが、エアブラシを使うことも少なくありませんでした。
プラモデルなどの塗装をする方ならご存じだと思いますが、エアブラシとは簡単に言うと「絵の具をコンプレッサーの空気で霧状に噴射する道具」です。缶のスプレー塗料と違い、指先のレバーで絵の具の量や太さを微妙にコントロールすることが可能で、美しいぼかしが表現できることから、‘70年代から’80年代のイラスト制作で人気のアイテムでした。
今ではコンパクトなエアブラシセットが市販されていますが、当時タイトル室にあったものは、小型の冷蔵庫ほどの防音ボックスに鉄製の重たいコンプレッサーを仕込んだものでした。
ある日、藤沢さんが波型に切り抜いた紙をマスクにして、エアブラシでテロップに絵の具を吹きつけていました。
何ができあがるか横目でうかがっていると、なんとそれは艶めかしい女体をデザインしたイラストでした。
これは『ゴールデン洋画劇場』で放送された「プライベート・レッスン」の声優テロップでした。「エマニュエル夫人」で人気を博したシルビア・クリステルさん主演のお色気作品です。明るいブルーに淡い色でソフトにお色気映画の雰囲気を表現していました。
当時、『ゴールデン洋画劇場』では視聴者プレゼント用に作品紹介のパンフレットを作っていましたが、タイトルデザイナーにとっても、その作品解説、作品ロゴ、映画のスチル写真などは、テロップ作成の際にとても参考になるものでした。
以下2点は、『ゴールデン洋画劇場』1982年10月30日放送「プライベート・レッスン」のためのテロップイラスト。
藤沢さんがタイトル室をご卒業される際、使われずに残っていた没テロップを、私が譲っていただいたものです。
これは完成作品ではなく、オンエアされたものには繊細な黒い曲線が何本か描き込まれていました。
1983年7月23日放送『ゴールデン洋画劇場』の声優テロップ
素顔の藤沢デザイナー
藤沢さんは、朝の生放送の準備で早朝の出社だったので帰りも早く、飲み会などにもほとんど参加されませんでしたが、一度だけ送別会か何かに参加されたときに、お話を聞く機会がありました。
戦時中は、戦闘機の整備をしていたとのことで、飛行機好きな私と話が弾んだのを覚えています。
好きな戦闘機は「五式戦」(名戦闘機“飛燕”の水冷エンジンの生産が間に合わず、空冷エンジンを積んで改造したのが「五式戦」で、太平洋戦争末期に400機弱が生産されたといわれている。少年兵の藤沢さんは「五式戦」を整備していたのだろうか)だそうです。
子どものころのお話で興味深かったのが、同級生のお話。藤沢さんは、小学校でグラフィックデザイナーの粟津潔さんと同級だったということです。
粟津さんといえば、前衛的な作風で知られる世界的に有名なデザイナーです。‘70年の万博や ’85年のつくば科学博など公共のデザイ ンも多く担当されるかたわら、映画のタイトルデザインも何本か担当しています。
勅使河原宏監督の「砂の女」「他人の顔」(安部公房さん原作)など、どれも芸術の香り漂う個性的な作風です。
藤沢さんのお話では、粟津さんは子どものころから独特な作風で天才ぶりを発揮していたようです。
当時の図画の先生には、独特すぎる作風があまり高く評価されていなかったようで、図画の成績は藤沢さんの方が良かったそうです。
私から見れば藤沢さんも粟津さんも天才。大衆的な人気を持つ山田洋次監督作品のタイトルデザインを担当した藤沢さん、前衛的な勅使河原監督作品のタイトルデザインを担当した粟津さん。
小学校の同じクラスに、のちにデザインの世界で活躍する天才二人が席を並べていたとはなんという偶然でしょう。
今も生き続ける藤沢さんの文字
藤沢さんのお仕事は、多くの作品が公開されていて、今でも目にすることができます。
映画「男はつらいよ」では、タイトル文字と出演者クレジットの味のある手書き文字、『ドリフ大爆笑』の躍動感あふれる生き生きとした手書き文字などが、今後も視聴者を楽しませてくれるコンテンツとして永遠に残っていくと思います。
一つ残念なのは、日本映画ではタイトルデザイナー名を表記する習慣がなかったのか、名作といわれる映画作品でもタイトルデザイナーがクレジットされているものは、ごくわずかです。
映画「男はつらいよ」も例に漏れず、タイトルに”藤沢良昭”とクレジットがないのが、なんとも残念です。
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