『東京ラブストーリー』『カルテット』、現在フジテレビ系で放送中のドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』など、数多くの作品を手掛ける脚本家・坂元裕二の作・演出による朗読劇が開幕した。
今回、上演されるのは、「不帰(かえらず)の初恋、海老名SA」「カラシニコフ不倫海峡」と、新作「忘れえぬ 忘れえぬ」。この3作を、男女6組12名のキャストが演じる。
出演するのは、高橋一生×酒井若菜、千葉雄大×芳根京子、林遣都×有村架純、風間俊介×松岡茉優、福士蒼汰×小芝風花、仲野太賀×土屋太鳳という豪華な面々。
男女2人の往復書簡スタイルで進行するこのシリーズは、2012年の「不帰の初恋、海老名SA」が初演。
その舞台の初日公演で、2012年の初演時からペアを組む高橋一生×酒井若菜による「忘れえぬ 忘れえぬ」の模様をリポートする。
<高橋一生×酒井若菜「忘れえぬ 忘れえぬ」観劇レポート>
舞台上には一人がけのソファが二つ。
シャツの襟もとにスカーフをあしらい、ジャケットをラフに着こなした高橋が口火を切る。
ところが、11歳の少年・最里(もり/高橋)の言葉は、まるで外国人の子どもが慣れない日本語を話すように文法がでたらめで、ぶっきらぼうだ。
メールを受け取った木生(きお/酒井)は、そんな最里の言葉を、「君の言葉は、君に似ている」と好意的に受け止めつつも、言葉を覚える術として、読書をすると良いとアドバイスする。
訳あって、夏の間だけ過ごす寄宿施設のクラスで、意気投合した二人。最里と木生には、お互いだけがわかるいくつもの共通点があった。
メールのやりとりをきっかけに、時間が止まった時計台の前で待ち合わせる最里と木生。静かに止まった空間で、二人のときが奏でられていく。
淡々とした語り口で絶妙にユーモアをはさむ高橋と、茶目っ気を見せ始めた木生を感情豊かに表現する酒井の呼吸は、まさに“あ・うん”。初々しさの中にも、熟年夫婦のそれを思わせる不思議な安心感があり、セリフで遊ぶ坂元らしい会話劇が縦横無尽に跳ねる。
達者な二人のやりとりと、美しく変化する照明の効果で、セットの類は一切ないはずの舞台に、光が泳ぐ水面や、夕映えに照らされる木々が浮かび上がる。
客席に満ちる、想像の中のきらめく世界。それを彩る音楽とともに、舞台は暗転。
人は、好むと好まざるとに関わらず、誰かと出会うことで変化する。不思議な縁で出会った最里と木生も、互いの心の鏡に相手を映しあうように、影響を受けあいながら、ゆるやかに変化する。
木生のすすめで本を読むようになった最里の言葉遣いは、ぶっきらぼうさが薄れたようだし、伝えたい相手を得た木生のメールも、きっと以前とは違っている。
あまりに自然で、当人も気づかないような変化を、細やかなセリフがすくいとり、客席をはっとさせる。
幾度かの夏を経て、二人の道行きは、思いもよらない展開を辿る。
水を打ったような客席も、もはや傍観者ではいられず、舞台上の彼らと溶け合い、完全に同化する。
感情を読み取られまいとする最里の心情が、静かにあふれゆくさまを、抑えた演技で表現する高橋と、最里を想い、支えながら成長する木生をしなやかに演じる酒井。
二人が過ごしたうっとりするような時間や、胸をえぐられるような苦しさ。そして、ただただ胸をつかまれるセリフ。それらはすべて、やがて動き始める最里と木生の時間に思いを馳せる喜びへとつながる。
言葉の力は、思いの力だ。今この瞬間、目の前にいない、思いを届けたい相手に言葉を紡ぐことの切なさと豊かさよ。
言葉の名手が紡ぐ世界は深淵で、一筋縄ではいかないけれど、孤独な二人の再生の物語は、この上なく温かな余韻を残した。
取材・文:浜野雪江
<作品概要>
■ 第1作品 「忘れえぬ 忘れえぬ」
書き下ろし新作。
■ 第2作品 「不帰(かえらず)の初恋、海老名SA」
男のもとに初恋の女からの手紙がふいに届いた。東京に向かう高速バスの車中で書かれた手紙だった。わたしは東京で結婚し、その相手はこのバスの運転手ですと書いてある。しかしその手紙が届いた頃、男は既にあるニュースを目にしていた。“東名高速道路高速バスの横転事故。死者 8 名。運転手は逃亡中”生き残った女は婚約者である運転手の行方を捜しはじめた。男もまた女を救おうとしていた。二人は再びあの海老名サービスエリアで交錯する。幾つかの悲しみの川がより深い悲しみの海に流れ込む。
■ 第3作品 「カラシニコフ不倫海峡」
平凡な夫婦だった。ある時妻がアフリカへ地雷除去のボランティアに行くと言い出した。数ヶ月後、妻は少年兵の持つカラシニコフに撃たれて死んだ。男が悲劇の夫として注目を浴びた時、見知らぬ女から手紙が届く。“あなたの妻は生きています。アフリカの地でわたしの夫と暮らしています。わたしたちは捨てられたのです”男は真偽を確かめるため、女と待ち合わせる。互いの伴侶が密会を繰り返していた円山町。ホテルの名前は、『カテドラル』。残された男と女が今、雑居ビルの谷間の海に溺れてゆく。
<坂元裕二 コメント>
ただ往復する手紙による物語で、今回で三作目になります。これまでに多くの方に朗読していただきましたが、読み手が変わるたびに、声という個性によってその色合いだけではなく、物語そのものが変わって感じられるのが何よりの面白さです。言葉と声しかない最小限の空間に浸り、楽しんでいただければ幸いです。
公演の詳細は公式ホームページまで