上垣皓太朗フジテレビアナウンサーが、自身の音楽遍歴について明かしました。
2024年に入社した上垣アナは、穏やかな語り口と、教員免許、防災士など様々な資格を所持する多才ぶりで知られ、この4月にスタートした音楽番組『STAR』では、MCを務めています。
めざましmediaでは上垣アナにインタビュー!3回にわたって上垣アナと音楽の関係性について掘り下げていきます。第2回は、「昭和歌謡が好き」と語る上垣アナの音楽遍歴をひも解きました。
上垣皓太朗アナ「音楽原体験はジェットストリーム」
――上垣アナの音楽遍歴を教えてください。初めて音楽に触れた体験はどのようなものでしたか?
おそらく、家に『JET STREAM(ジェットストリーム)』(※)のCD全集があって、親がかけてくれていました。ムード音楽から映画音楽、クラシックまでがテーマに沿って流れていて、それが最初の音楽体験だったと記憶しています。音楽の印象もありましたが、同時に城達也さん(初代パーソナリティ)のナレーションが好きでした。
4歳か5歳くらいの時ですが、城さんの心地よい声で響く、「煌(きらめ)く星座の物語も聞こえてくる、夜の静寂(しじま)の、なんと饒舌(じょうぜつ)なことでしょうか」というナレーション。その言葉が表す感覚が自分の中にもありました。ある意味、音楽番組の原体験でもあります。
小学生の頃には、城さんの口上を真似して先生に披露して「すごいね」と言ってもらえたことがありました。アナウンサーとしての原体験の一つもそこにありました。
(※)1967年からTOKYO FMおよびJFN系列で放送されている深夜の長寿ラジオ番組。初代パーソナリティを城達也さんは、1967年〜1994年までを担当。城達也さんのナレーションと珠玉のムード音楽を自宅で楽しめる愛蔵版コレクションCD全集が発売されています。
――上垣アナは2001年生まれですが、昭和の歌謡曲が好きと語っています。幼少時は、SMAP『世界に一つだけの花』(2002年)、修二と彰『青春アミーゴ』(2005年)、レミオロメン『粉雪』(2006年)などがヒットチャートを賑わせていた時代です。記憶にありますか?
残念ながら、私の場合は「歌は世に連(つ)れ」(※)ではないですね。音楽番組もそれほど見ていなかったと思いますし、音楽を「聴こう」と自発的には聴いていなくて、家で流れていたものを聴いていた、という印象です。
(※)「歌は世に連れ、世は歌に連れ」流行る歌は時代の風潮を受けて変化し、世の中も歌の流行によって影響を受ける、という意味のことわざ。
――学校ではどうでしたか?少し時代が進むと『パプリカ』(作詞・作曲:米津玄師/歌唱・ダンス:Foorin)が流行っています。踊っていましたか?
『パプリカ』は、最近(2018年)じゃないですか(笑)。でも、学校では歌って踊っていたはずですよね…思い出しますと、小学校低学年くらいで『南の島のハメハメハ大王』や『すずめがサンバ』などの童謡を歌っていました。(身振り手振りで歌いながら)「スズメがサンバおどってる ハイ!」みたいな。歌うことは好きなんです。
――楽器などは習っていましたか?
習い事としてはやっていませんでした。学校の音楽祭では、鍵盤ハーモニカが好きだったので、ずっと志望し続けて担当していました。5年生になるとアコーディオンの担当になりましたが、じゃばらは付いていても、鍵盤ハーモニカの延長線上のような感じで好きでしたね。
――入社1年目の夏のフジテレビのイベント「お台場冒険王2024」では、「フジアナ太鼓魂」のメンバーとして太鼓を叩いていました。とても楽しそうに、リズミカルに演奏していましたね。
どちらかというと太鼓は苦手だと思っています(笑)。ただ、音楽も歌うことも好きですし、曲に乗るのも好きなので、小学生の頃から音楽を楽しんでいたと思います。
