娘たちに残したボイスメッセージ
スイスに到着し、翌日には医師との面談がありました。
「娘さんたちはなぜ来なかったのか?」という医師の問いに、
「最期の姿を娘たちに見せるのがいいのか、その答えが出る前に渡航日になってしまった」と本音を語ったマユミさん。
スイスに渡ってもなお、解決していない悩みはたくさんあったようでした。
安楽死の前日、私はマユミさんにある頼まれごとをしました。
「娘たちにボイスメッセージを頼まれているのですが、手伝ってくれますか?」こうして私は、娘たちに向けたボイスメッセージを撮影することに。
「おはよう」「おやすみ」「大好きだよ」…
娘たちから送られてきていたリストを1つ1つ、照れながらも丁寧にマユミさんはカメラに向かって読み上げていきました。
夫のマコトさんが何か言いたそうな顔をしているように私には映りました。
「マコトさんは何か言ってほしい言葉はないんですか?」
「あー、聞いたことないけど、『愛してる』。」
多くを語らないマコトさんから出た、意外な言葉でした。
照れながらも、私が持つカメラに「愛してる」と、マユミさんが言いました。
明るく、笑いながら、ボイスメッセージの撮影が終わると、マユミさんは私にあることを問いかけました。
「最期のその時まで、ビデオ通話を繋げていてもいいのでしょうか?」
問題ないはずだ、と伝えると、どうするか、家族で話し合いますとのことでした。
「みんな、元気でね」
安楽死当日。
これまでの思い出を朝まで夫婦で語り合っていたという2人は一睡もしなかったそうで、どこか疲れ切っているようにも見えました。
安楽死の施設に向かうタクシーの中では沈黙が続きました。
窓の外をじっと見つめるマユミさんを乗せた車は、30分ほどで施設に着きました。
医師たちとの挨拶を済ませると、マユミさんはすぐに娘たちとテレビ電話を繋ぎました。
昨晩家族で話し合い、娘たちも最期を見届けることになったのです。
家族だけの最後の時間を1時間ほど過ごすと、夫のマコトさんが部屋から出てきて「お願いします」と医師に声をかけました。
医師はマユミさんが横になっているベッドの横に座ると、最終確認を行いました。
「この点滴を開けるとどうなるかわかっていますか?」
「私は死にます」
「死を望む気持ちが確かなら、この点滴を開けていいですよ」
その言葉を聞き、頷いたマユミさん。
点滴のバルブを見つめながら、自問自答していたのでしょうか、数秒の沈黙がありました。
覚悟が決まったのを察した夫から「ありがとうな」と、言葉がかけられると、それに続いて娘たちも、「ママ大好き」「また会おう」と涙ながらに母への言葉を送りました。
マユミさんはそっとバルブを開けました。
「スイスに行っていいよって言ってくれてありがとう。みんな、元気でね。」
その言葉を最後に、夫の腕に添えていた手から力が抜けていき、深い眠りにつきました。
夫は、その現実をまだ受け入れられてないようにも見えました。
上を見て、下を見て、ため息をつく。
そんな時間が永遠のように繰り返されました。