“α世代の人生に寄り添うカリスマギャルシンガー”として若者を中心に注目され、楽曲ストリーミング総再生数2億超の人気シンガー・ソングライターのSoala(ソアラ)さんが、カンテレ・フジテレビ系全国ネットの新アニメ枠“火アニバル!!”にて現在放送中のTVアニメ『真夜中ハートチューン』のEDテーマとなる最新曲『声の軌跡』を2026年1月28日にリリース。
めざましmediaでは、数々の恋愛ソングを始め、共感を呼ぶ楽曲を作り続けるSoalaさんにインタビュー!今回リリースした『声の軌跡』の魅力だけでなく、過去の恋愛ソングに込めた実体験や歌詞を生み出すための制作秘話についても明かしてくれました。
金髪×ロングネイルの“カリスマギャルシンガー”だけど…「根は全然ギャルではない」
現在22歳で、大阪を拠点に活動しているシンガー・ソングライターのSoalaさんは、「切ない歌声・共感性の高い歌詞のメッセージ性・口ずさみやすいメロディー」を武器に路上ライブやSNS投稿、各地方での主催ライブなど、精力的に音楽を届けています。
Soalaさんのこれまでの楽曲はストリーミング総再生数2億を超え、代表曲『すれ違い』はTikTokで5000万回再生されバイラルヒット。
そうして着実に歩みを進める中、今回リリースした『声の軌跡』は、TVアニメ『真夜中ハートチューン』のエンディングテーマになっており、愛した人の”声”を探し続ける一途な恋愛ソングとなっています。
そんなSoalaさんに今回リリースした楽曲制作の背景だけでなく、「α世代の人生に寄り添うカリスマギャルシンガー」になるまでの“軌跡”を伺いました。
――Soalaさんは「α世代の人生に寄り添うカリスマギャルシンガー」として活動されていますが、この肩書についてご自身ではどう思われているんですか?
本当に根は全然ギャルではなくて。元々「ギャルじゃないのに、なんでギャルシンガーなんだろう」みたいに少し思ってたんですけど、この金髪と長いネイルの見た目で、“ギャル”っていう印象を皆さんに持ってもらっているのかなと思って、私も受け止めているんです。
見たまま捉えてほしいなと私も思っているので、自分は「ギャルじゃない」って言い張っていても、皆さんがギャルと思っていたらギャルだなっていう割り切りができるようになりました。
なので、今はちゃんと受け止めて、“カリスマギャルシンガー”にふさわしいような立ち振る舞いはしたいなと努力をしています。
――ご自身では「ギャルではない」と思っているんですね。では、Soalaさんの中では“ギャル”というのはどのような人だと思いますか?
ギャルは、偏見で「そんな見た目してるから」とか言われたりする子も多いと思うんですけど、本当に根がいい人ばっかりで芯があるというか。それでいて周りの人たちを大切にしてる印象がすごいあります。
ギャルのメイクが濃いのは、その芯の強さの表れなのかなと私もすごく思ってる部分があります。なんか「すごいパリピだな~」って思う部分もあれば、ちゃんと中身を知れば知るほどギャルって芯を持ってる子たちがいっぱいなんだろうなって思います。
――「芯を持ってる」というところでいうと、Soalaさんもギャルだなと思うのですが…「ギャルじゃない」って思っていた理由はなんですか?
確かに…!私は見た目がアイラインをがっちりとか、つけまつげをバーンとつけた盛り盛りのメイクではなくて中途半端なので、ギャルめな普通の女の子って感じかなと私は思ってて。本物のギャルに怒られてしまうかもと。
中身のギャルマインドな部分は自分の中にもあると思うのですが、雑誌モデルの本物のギャルの方たちに比べたら、まだまだ私はギャルじゃないなって思ってます(笑)。
――“カリスマギャルシンガー”だけでなく、「α世代の人生に寄り添う」という部分は、ご自身ではどういう点でα世代の人生に寄り添えていると思いますか?
私自身がZ世代って言われる世代で、過去に不登校だった時に音楽に救われたことがあって、「私も音楽がしたい」って思ったのがきっかけで今活動をしているのですが、今の若い子たちもネットなどいろんな文化がすごく発展している中で、当時の私とはまた違う苦しい経験やいろんなことをしてるんだろうなって想像していて。
やっぱり私は「誰かの心を自分の音楽で救いたい」っていう芯をずっと持っているので、歌詞でストレートに伝える言葉だったりが、私より若い世代の子たちにも刺さってくれてるんじゃないかなと思います。
過去に不登校だった時代を経て、今は「誰かの心を自分の音楽で救いたい」という芯を持った“ギャル”としてストレートな言葉で表現した楽曲を届けるSoalaさん。
シンガー・ソングライターとして活動するまでの音楽との出会いを伺うと、幼少期には松田聖子さんや浜田省吾さんなど、昭和の楽曲にも触れてきたことを明かしてくれました。
音楽を始めたきっかけは「親友に何か一つ勝てるものがほしい」
――音楽との出会いはいつだったんですか?
本当に小さなきっかけなんですが、小学生の時に幼なじみの親友がいて。小さいころって「私の方が足速い」とかちょっとしたことで比べて言い合いになってしまうことがあると思うんですが、その子は顔も可愛くて、運動もできて、何でも負けてる気がしていたんです。そのときに「一つ勝てるものが欲しいんだよね」ってお母さんに相談したら、「知り合いがボーカル教室やってるらしいから歌好きだし、ちょっとやってみない?」みたいに言われて。本当に軽いノリで体験レッスンに行ったら、歌うことが楽しくて、どんどん成長するのがうれしくて、それが私と歌の出会いだったんです。
――そこからシンガー・ソングライターを目指すことになったきっかけは何だったのでしょうか?
そこから発表会で、お父さんお母さんたちばっかりだけど、お客さんがいる状態の中で私の歌を披露させていただいたときに涙してくれる方とか、笑顔になってくださる方がいたのを直接見て実感して。そのときに「私って歌で誰かを元気づけて誰かを救いたいのかも」ってふと浮かんできて、そこから「誰かの心を音楽で救いたい」っていう気持ちで本格的に音楽をするきっかけが生まれました。
――小さいころから歌うのが好きだったんですね。
そうですね。音楽にすごく詳しいわけでもないんですけど、本当に歌うことが大好きで。家族とカラオケ行ったり、地元のカラオケ大会に兄と一緒に出たりとか、そういうことはたくさんしていました。
――ご家族とのカラオケでは何歌っていたんですか?
カラオケに行ったら、お母さんたちから教えてもらった松田聖子さんの『赤いスイートピー』や浜田省吾さんとか。でも、もちろんAKB48さんの楽曲なども歌うんですけど、家族みんなで行くときは、そういう昭和の楽曲を歌っていました。あとは、MISIAさんの『逢いたくていま』が、自分の声質にすごく合ってるなと思って十八番でカラオケ大会でも歌ったことがある楽曲です。なので、本当に幅広く歌っていました。
「親友に何か一つ勝てるものがほしい」という気持ちをきっかけに本格的に歌と向き合い、シンガー・ソングライターとしての活動を始めたそうですが、上京時には“逃げだしたいけど地元には帰れない”という葛藤を抱えていた時代もあったといいます。
