吉田敬「僕と小杉がやらなきゃ面白くない漫才をしないとダメだな」
今回は「ブラマヨ吉田徹底解剖SP」として、お笑い界きっての“ややこしい男”=吉田敬さんの魅力をたっぷりと語り尽くしました。
2005年の『M-1グランプリ』優勝を経て、今も第一線で活躍を続ける一方で、謎が多い吉田さんの素顔。
吉田さんは『M-1グランプリ』がスタートした2001年当時について、「M-1っていうのが始まるぞとなって、なんかわからんけど自分らは準決勝で負けたんですよ。そしたら麒麟が決勝に行って」と切り出し、「大したことない大会なはずやから…と思ってたんですけど、蓋(ふた)を開けてみたらガチもガチのとんでもない大会だとわかったんです」と、新たな漫才賞レース誕生を、驚きを持って受け止めたと語りました。
続いて、隣の田村さんを指し「こいつが決勝終わって大阪に帰って来たら、道でめちゃくちゃ声かけられるんですよ。最初のころは『写真撮ってください』って言われても、やっぱり俺やろなと思って『ピース!』とかやってたら、その子に『いや、あの…撮ってください』ってカメラ渡されて…」と回顧。
これに、東野さんが「『俺がお前らを撮んのか!』っていうのが正直な気持ちよね(笑)」と語ると、吉田さんはうなずきながら「田村が『すいません』って言ってくれたんですけど、それがつらいというか」と力を込め、田村さんに「お前が、あと一言謝ってたら、俺泣いとったで!」と打ち明け、スタジオは大笑いに包まれました。
その日のことは、田村さんもよく覚えていて「その場では、普通に写真撮ってそのままご飯とか行ったんですけど、いつもより口数が少ないんですよ。で、それまで毎日のように誘われてたのに、急に連絡がピタッとなくなったんですよ」と吉田さんの“変化”を紹介。
東野さんが笑いをこらえながら「ちょっと確認ですけど、『田村が先に人気になったから疎遠になった』っていうのは、合ってるんですか?」と尋ねたところ、吉田さんは、神妙な面持ちのまま「すべて事実です」とハッキリ認め、大阪のお兄さん方から「小っちゃ(笑)!」と大笑いが。
東野さんは「これよね!これが、天下の吉田敬よ」と褒め称えました。
吉田さんは、当時の心境について「やっぱり、自分としてはつらくて、そこから2002年、2003年、2004年と『M-1』を見ることさえやめてました」と、あまりのショックに『M-1グランプリ』とは距離を置いていたとカミングアウト。
そのうえで、「でもある日、僕らは漫才よりもラジオでのフリートークのほうが面白いって気づいたんです。それで、これまでのネタに足りなかったのは“人間味”やなと。僕と小杉がやらなきゃ面白くない漫才をしないとダメだなと思ったんですよ」と続け、そこから今や伝説となっているかけ合い漫才を生み出し、2005年大会で一気に優勝までかけ上がったと胸を張りました。
その流れで、後輩たちからの大絶賛を受けた吉田さんは、みるみるうちに高揚していき、その様子を見た東野さんが思い出したように「久しぶりに聞きますけど、ブラマヨが優勝した時の『M-1』って何組エントリーしてたんですか?」と聞くと、間髪をいれず「3378組です」とドヤ顔。
「これを言えなくなったときは、俺を老人ホームに入れてください」と、王者としてのプライドを見せるなど、吉田さんは、見事に笑いをかっさらいました。